第6話 水菜の内緒

「はっ!」

 水菜は唐突に目を覚ます。

 部屋の中は真っ暗で、冬の寒さに思わず体を震わせてしまう。

「なんだか、懐かしい夢を見た気がするわね……」

 顔に手を当てながら、手を伸ばして近くに置いたはずのスマホを探る。

「あ、あったわ」

 こつんと手に当たった感触に、水菜は一生懸命手を伸ばす。

 スマホの画面に軽く手を触れて時間を表示させる。まだまだ夜の真っ只中のようだった。

「……変な夢を見たせいで、思わず目が覚めちゃったか」

 起きてしまったからには布団を抜け出す水菜。ただ、いつも起きる時間まではまだ二時間くらいあった。

 部屋の電気をつけて、暖房の電源も入れる。

 せっかく起きたのだからと、冬休みの宿題に手を付ける水菜である。

「それにしても、あんな夢を見るなんて一体どうしたのかしらね……」

 宿題を広げながら、水菜は先程の夢の事を考えている。

 自分がおおみみずと呼ばれる化け物であり、退魔師との男性と戦っていた夢。

「あの時の約束が、ついに果たされるという予知夢なのかしらね」

 そう言って宿題に手をつけようとする水菜だったが、やっぱり飲み物が欲しいと立ち上がって台所へと向かう。

 寝起きの水菜はいつもかけている眼鏡をしていなかったが、暗い建物の中を物にぶつかることなく平然と歩いている。

 となると、普段かけている眼鏡とは一体何なのだろうか。ふと疑問が浮かんできてしまう。

「ふぅ、やっぱり寒い日はココアが一番ね」

 部屋に戻って飲み物を一口含んで表情を緩ませる水菜。

「あの化け物が私の前世だなんて、みんなに知られるわけにはいかないものね。能力も極力隠してはいるけど、まさかあんな低級妖魔相手に使うことになるとはね……」

 水菜はココアの入ったカップをテーブルに置くと、渋い顔をしながら呟いていた。

 どうやら水菜の使った触手というのは、夢の中でおおみみずが使っていた触手そのものらしい。

 こうは言っている水菜だが、これまでも何度となくこの触手は使ってきた。こっそりと背後に回り込ませて動きを拘束するなど、地味に活躍しているのだ。

「まあ、気にしても仕方ないわね。冬休みに入ったんだし、正月の準備を頑張らないとね」

 顔を左右に振って、いつもの時間まで冬休みの宿題に奮闘する水菜だった。


 そして、境内の掃除まで終わらせた水菜は、いつものように朝食の準備に取り掛かる。

「さあ、今日も頑張りましょうか」

 気合いを入れて料理を始める水菜。

 最初はもちろん炊飯の下準備から。業務用の大釜の鍋に米を入れ、研いでいく。さすがに水菜の力では支えきれないので、ここでも触手が頑張っている。

 触手が大釜を支え、水菜が水を注いで両手で頑張って研ぐ。研ぎ汁を流す時も、触手で鍋を掴んで傾けて捨てていく。

 さすがに12歳の少女には、この釜は重すぎるのである。

 実は、水菜が食事の準備を一人でできるのには、この触手の活躍があるからこそだ。

 水菜から伸びる十本の触手は、絡まることなく食事の準備を進めていく。水菜本人を入れれば、実に六人で作業をしているも同然なのだ。

 とはいえ、はたから見れば異様な光景である。少女の背中から細長い何かが伸びてうねうねと動いているのだから。だからこそ、水菜は一人で料理を作るのである。

 ちなみに知られたくはないとは言っていたが、この触手については同居人たちには知られている。使う場所が台所という場所である以上、やむを得ない事なのである。もちろん、退魔師の能力としてごまかしておいた。

 さて、水菜が作る朝食というのは、まあごく一般的な日本の朝食といったところだ。

 白米に味噌汁、焼き魚と漬物。それにだいたい加わるのは玉子焼きと野菜のお浸しといったところである。シンプルなメニューではあるものの、二十人近い人数分を作るとなると結構大変である。

 そんな手間のかかる作業も、水菜とその触手にかかればまったく問題ではなかった。

「さすがに最初の頃は大変だったけど、慣れちゃうとなんて事ないわよね」

 全部自分でやると駄々をこねた事で始まった水菜一人での料理。今ではすっかり手慣れたものである。

 触手たちも今では器用に包丁は使うし、冷蔵庫も電子レンジもコンロだって使いこなしてしまう。そのために、お風呂の際には触手も念入りに洗っておく水菜なのである。料理に使うのだから、清潔に保っておくのは当然だ。

「さて、でき上がった事だし、お供え物をしてから起こしに行きますか」

 妖魔の転生体とはいえど、今は神社に生まれた身である。いや、むしろ前世が妖魔だからこそ、信心深いのかもしれない。

 本殿へと出向いてお供えをした水菜は、昨日騒いで眠っている職員たちを叩き起こしに行く。

 昨日がクリスマスだったせいで酒盛りをしていたらしく、朝の6時を過ぎても誰一人起きてこなかったからだ。まったく、年末の忙しい時期にこれでは困ると、水菜は盛大にため息をついていた。

「さて、今年はどんな風に起こしてあげようかしらね」

 どうやら今年が初めてではないらしい。水菜が意地悪く笑っている。

 この後、神社の中に大人たちの情けない叫び声が響いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る