第5話 謎の男
クリスマスの夜、草影市方面に向かう一台のトラックがあった。
運転席には女性、助手席には男性、間には少年という形で乗車している。見た感じは家族のようである。
「すまないな、こんな時期に引っ越しだなんて」
「仕方ないよ。退魔師協会に言われてしまえば逆らうわけにはいかないからね」
退魔師協会という単語が出てきたので、どうやらこの男女は退魔師のようである。
「俺も、別に構わないよ。あいつらとは話が合わねえから、面白くもなかったし」
間に座る少年は、無表情でじっと前を見ていた。
「それにしても親父」
「なんだい、ポール」
少年の呼び掛けに、隣の男性が答える。やはり親子のようだ。
「俺たちはどこに向かってるっていうんだ?」
「草影市だ。宮森神社という、有名な神社のある街だよ」
「ふーん、だったら親父もお袋も、別にいなくても大丈夫じゃないのか?」
不機嫌そうな表情で質問を投げかける少年。それに対して、車を運転する母親が反応する。
「私たちが必要になる事態が起きているのでしょうね。詳しく聞いても教えてもらえませんでしたが……。まあ、あなたなら何か知っていそうですね」
「どうしてそう思うんだい?」
父親が母親に聞き返す。
「……草影市行きを聞いて、あなたが喜んでいるように見えたからですよ」
少し言いよどんだものの、母親は理由を答えていた。その言葉に、父親は少し笑っているようだ。
「喜ぶ……か。そうかも知れないね」
そう呟きながら視線を上へと向ける父親だった。
その父親へ、不機嫌そうな表情で視線を送る少年。
なんとも微妙な雰囲気の中、母親は一路草影市へと向けてトラックを走らせていた。
その最中、時間が遅いこともあって、父親と少年は眠りについていたのだった。
―――
殺風景な景色が広がる場所。
そこでは若い男性とバカでかい化け物とが対峙をしている。
「これがおおみみずか。なんて大きさなんだ」
驚くのも無理はない。化け物の体の太さは、男性の身長よりもあるのだ。化け物の頭は、超高層ビルを見上げるような位置にあった。
『人間、この俺に勝負を挑むなど、よっぽどの命知らずと見える』
「命知らず……。それはその通りかもしれないね」
男性は手に持っている小瓶の蓋を取り、中の液体を操って剣を作り出す。化け物はその剣を見て少し頭を後ろに下げていた。
『ほう、聖水剣か。珍しいものを使うな』
「我がクロスティックス家は、代々聖水剣の使い手です。元はといえばヴァンパイア専門でしたからね」
『なるほど、西の者か』
化け物はずいっと顔を男性に近付ける。
『退屈しのぎにはいいだろう。簡単に壊れてくれるなよ?』
「この体格差でそれを言いますか」
『ふはははは、確かにその通りだ。だが、お前は勝つ気でいるのがよく伝わってくるぞ』
「負けると分かっている戦いに挑む愚か者がいると思いますか?」
『ふん、ならばそれを行動で示してみせろ』
化け物から細長い何かが飛び出してくる。
「触手ですか。本当に噂に聞いた通りですね」
男性は触手を躱しながら、聖水剣で斬り裂いていく。だが、斬り落とされた触手は崩れて灰になるものの、残った触手はすぐに再生してしまう。
相手は世界最強と言われた妖魔『おおみみず』だ。
それはこの巨体と100にも及ぶ触手、それと彼が持つ固有能力のせいでもあった。
男性は自分に目がけて飛んでくる触手を斬り落としながら、本体へと斬りつけるタイミングを見計らっている。
その時だった。おおみみずの目が怪しく光る。
バゴンと目の前の岩が突然砕け散る。
(これが、おおみみずが最強たる能力『破壊の力』か……)
飛び散る岩の破片をうまく回避する男性。そして、一部の岩を利用して高く跳び上がる。
落下の勢いを利用して、おおみみずに斬撃が命中する。
『ぐおおおっ!』
大声を上げるおおみみず。
だが、この時男性は何か違和感を感じた。
(この手応え……、まさか?)
何かを感じた男性だったが、仕留めねばならぬと聖水剣を強く握りしめる。
「覚悟なさい、おおみみず!」
『よくもやってくれたな、若造が!』
お互いの全力がぶつかり合う。辺り一帯はその戦いの凄まじさに次々と地形が変わっていく。
そして、長く続いた戦いはようやく決着を見せた。
「はあはあはあ……」
聖水剣を杖代わりに、男性はかろうじて立っていた。
男性の目の前には、傷だらけで横たわるおおみみずの姿があったのだ。そう、この戦い、男性が勝利したのである。
『……よもや、この俺が敗れるとはな』
「まったく、噂に違わぬ強さですね……。私も、立っているのがやっとですよ」
男性の全身が細かく震えている。もう体が動かない満身創痍の状態なのだ。
『この俺に勝ったのだ。お前ほどの男をこのまま死なせるのは惜しい……。他の妖魔が集まってくる前に、最後の力を振り絞って、お前を元の世界に戻してやろう』
次の瞬間、男性の体が光り出す。
「これは……」
『俺ほどともなれば転移くらい容易い話だ。破壊の力に不可能はないからな……』
おおみみずの言葉に、改めて自分の勝った相手の恐ろしさを感じる男性。
『では、さらばだ人間。必ず生き延びろ……』
「ええ、必ず。約束しましょう、おおみみず」
男性はなぜか笑顔を見せていた。
その次の瞬間、男性は光に包まれ、その場から消え去ったのだった。
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