第4話 陰でうごめく者

 世の中はクリスマス一色になる12月。

 家が神社であるとはいえ、水菜もこの時期ばかりはそわそわとするものだった。

「ずいぶんと落ち着かない様子ね、水菜ってば」

 教室に入って落ち着いたところで、ゆうから声を掛けられる。

「そりゃあれだろ。そろそろクリスマスだからな」

「あっ、そっか」

 寧子に言われてハッとするゆう。家が神社である水菜にとって、クリスマスはただの一日なのである。

「気を遣ってくれなくてもいいからね。もう生まれてから13回目のクリスマスだし、気にならないわよ」

 水菜は苦笑いをしながら反応している。

「その代わり、年末年始にかけては書き入れ時だから、そのための準備に集中できていいわ」

「そうだな」

 水菜がそういえば、寧子は頭の後ろで手を組みながら頷いていた。

「ところで、水菜」

「なに、寧子」

 急に話し掛けてくる寧子に、顔を向ける水菜。

「今年も手伝いに行っていいか? 人手足りないだろ?」

「えっ、巫女さんをするつもり?」

「去年もやってんだ。親友として放っておけないしな」

「ちょっと、家族と一緒に居たらいいじゃないのよ」

「あたしんとこは、ずっとこの草影市だからな。親の里帰りなんてのはないから、家族と一緒に居るってのは結局いつもと変わらなんだよ」

 寧子は真っ白な歯を見せながら笑っている。

「私も手伝うよ、水菜ちゃん」

「もう、ゆうまで……」

 二人の申し出に、思わず額に手を当ててしまう水菜だった。

「分かったわよ。そっちもちゃんと許可もらってよ?」

「オーケーオーケー。じゃ、約束な」

 クリスマスの話をしていたはずが、知らない間に年末年始の神社の話になっていた。

 しかし、こういった流れもよくあることなので、水菜たちは特に気にしていなかった。


 放課後は一緒に帰る水菜たち。

「いっけない、ちょっと忘れ物しちゃったみたい。ごめん、今日はさよならね」

 急に思い出したかのように言う水菜。

「おいおい珍しいな。まあしょうがない、また明日な」

「うん、明日ね、水菜ちゃん」

 寧子たちと分かれて、水菜は一人で来た道を走って戻り始めた。

 だが、忘れ物は口実に過ぎなかった。水菜は何かを感じたのである。

(はあ……、こういう時期になると陰湿系の妖魔が刺激されて厄介事を起こすのよね。面倒なことになる前に退治しておかなきゃ……)

 そう、妖魔の気配である。

 退魔師であるがゆえに、水菜は妖魔たちの気配には敏感だ。導かれるようにして、水菜は気配を感じた場所へと向かう。

 到着した場所には、かなり髪の長い、男とも女とも区別のつかない不気味な二足歩行の物体が立っていた。

「ねたねたねた、妬ましい……」

 何やらぶつぶつと呟いている。

「うっわ、キモ……」

 思わず正直な感想が口をつついて出てきてしまう。

「うう……、リア充、リア充爆発しろ!」

「わけ分からないんですけど?!」

 意味不明な言葉を喚きながら襲い掛かってくる化け物。しかも、よく聞く機械音声のようなくぐもった声に、余計に不気味さが際立つというものである。

「おおん、当てつけか? 独り身に対する当てつけか?」

 わけの分からないことを言ってくる化け物に、水菜は思わず寒気を感じながらお札を投げつける。

 だが、この怨念の塊はお札で完全に止めることはできなかった。

「なんて妖魔なの。自我が完全にできていない低級だというのに、符術が効かないだなんて」

 予想外な事に驚くしかない水菜。

「うう、できれば使いたくなかったわね。でも、仕方ない」

 水菜は一歩飛び退いて、力を込める。すると、水菜の背中側から大量の細長いものが飛び出してきた。

「さあ、捕まえちゃいなさい、触手たち」

「うおおん?!」

 水菜から飛び出た触手に絡めとられ、じたばたと暴れまわる妖魔というか怨霊。しかし、この触手はかなり強力らしく、お札に抗うほどの化け物でも引きちぎることも振りほどく事もできないようだった。

「簡単に抜けられると思わないでよね。穢れし存在よ、地へと還れ!」

 しっかりと距離を取って、念を込めたお札を投げつける水菜。

「ぐおおおん、無念でござるーっ!」

 とんでもない断末魔を上げながら、化け物はその姿をボロボロと崩しながら消えていく。

 無事に退治をする事ができた水菜は、ずいぶんと息を乱しているようだった。

「はあ、まったくこれを使うことになるとは思わなかったわ」

 息を整えながら、展開していた触手を引っ込める水菜。そして、きょろきょろと辺りを見回している。

「よし、誰にも見られなかったわね」

 誰もいないことにほっとひと安心だ。ようやく落ち着いた水菜は、買い物をするために再び走り出す。

 その時、ふととあるものが目に入ってくる。

「あら、こんなところに教会なんてあったのね」

 目の前にはひっそりと一軒の教会が建っていた。見た感じ、誰も住んでいないし使われてもいない教会のようだ。

「まっ、うちは神社だから関係ないわね。さっ、買い物済ませないとご飯の支度ができないわ。急がないと」

 水菜はそそくさとその場を走り去っていった。


 だが、この時水菜は、自分の姿を見ている者がいた事に気が付いていなかった。

「うふふ。元気そうね、あの子は」

「ああ。だが、俺たちがこうやって見守っている事など、まったく気が付いていないんだろうな」

 物陰から水菜を見つめる怪しい人物たち。口ぶりからするに、水菜の事をよく知る人物のようだ。

「だが、まだあいつの前に姿を見せる時ではないな」

「ええ。こういうのはタイミングが重要ですもの。焦らずその時を待ちましょう」

 会話を終わらせたその人物たちは、静かにその場から姿を消したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る