第3話 日が暮れた後
水菜の夜は忙しい。
家に帰ればだいたいは最初にお風呂である。
買い物をしていれば、同居人たちと一緒に片付けてからとはなるものの、たいていの場合普通に帰ってこれないからだ。
今回のように妖魔退治を頼まれる事はしょっちゅうだし、依頼がなくても妖魔に絡まれる。自分の体質を恨めしく思いながら、今日の汚れを最初に落とすのだ。
それが終われば着替えて夕食の準備を始める。
なにぶん二十人前の料理を作るので、その作業は大変である。だが、その作業をするのは水菜一人だけだ。朝食もそうなのであるが、まだ小学生の彼女がどうして一人で料理をするのだろうか。
水菜に言わせれば「みんな、料理が適当すぎる」との事らしい。
実は言うと、水菜が買い物をするのもこの辺りに原因がある。
いくら神社だからとはいっても、財源が無限というわけではない。使い方を間違えれば簡単に資金は底をついてしまう。今や宮森神社の金銭関係は、現状を知ってしまった水菜がほぼ全部見ているのだ。
料理も無駄遣いが過ぎるからと、不在でどうしようもない昼食以外は水菜が一人で切り盛りしているというわけなのである。
たいていの場合は最初にご飯を炊いて、それからおかずを作っていけば無駄なく時間が使えているようだった。
「はい、できたわよ」
「待ってました!」
水菜が料理を完成させれば、泊まり込みの職員が中心となって配膳が行われる。
食事が終われば彼らは片付けもしてくれる。さすがに食事の準備と片付けをすべて水菜に押し付けるのはよろしくないのである。なんといっても相手は小学生なのだから。
みんなが片付けている間は、水菜は今でテレビを見ている。音楽番組やドラマが特に気に入っているからだ。こういった番組を見てはしゃいでいるあたり、水菜も年頃の少女なのだ。
「ちょっと、後ろ後ろ!」
「どうしたんですか、水菜ちゃん」
「なんでそこで気が付かないかなぁ……」
どうやら完全にドラマに夢中になっているらしく、話し掛けられた声に気が付いていないようだ。
「もう、なによこれ。脚本考えたのって誰よーっ!」
ドラマを見終わった水菜は、声を上げて背中の後方に手をついて文句を言っていた。気に入ってみていたのだが、今回の展開は思ったものと違ったのか、ちょっと不満そうだった。
「うーん、これじゃ次回見る気になるか微妙だわ。あーあ、もう宿題をしようっと」
テレビに飽きたのか、自分の部屋へと戻っていく水菜。
その姿を見た住み込みの職員が思わず笑ってしまっていた。ただ、その笑い声が水菜の耳に入っていたらしく、去り際にジト目を向けられて職員は思わず目を逸らしていた。その姿にため息をついて、水菜は部屋に戻ったのだった。
「ええっと、今日の宿題はっと……」
部屋に戻った水菜はとっとと宿題を済ませる。こんな時間なので小学生である水菜に依頼が回ってくる可能性はないだろうが、油断はできないのだ。
「まったく、小学生も最後の年。それもそろそろ冬休みなんだから、もうちょっと手加減してほしいわ。どうせ冬休みに宿題出してくるくせに」
文句を言いながらも予習復習宿題をそれぞれこなしていく水菜である。
「ふわぁぁ~、もうそんな時間なのね。さて、また明日頑張りましょうかね」
すべてを終えて時計を確認すると、時間は夜の11時。翌日はまた朝4時起きなので、水菜はこれで眠ることになる。
大あくびをしてランドセルの中身を再確認する水菜。そして、チェックを終えてパジャマに着替えて眠りにつく。
明かりを消して布団をかぶると、水菜は一瞬で寝息を立てていた。寝入るのも早いのである。
静かな真夜中、いくら神社の中とはいえちょっと外れた場所にある居住用の建物。
「ケヒヒヒヒ……、よく眠っているねぇ」
退魔師というのは時にして、妖魔を引きつけてしまうようなのだ。
「こいつのせいで仲間がたくさんやられた。敵討ちついでにこいつを食えば、きっと俺様はすごい妖魔になれるはずだ」
水菜を見ながら、低級の妖魔がほくそ笑んでいる。
「さぁ、最強の妖魔への第一歩だ。頂いてやるぜ!」
水菜を食らおうと妖魔が襲い掛かろうとする。
だが、妖魔の体がまったく動かない。いくら力を入れようとも、まるで縫い付けられたかのように動く事ができないのだった。
「なぜだ。こんなおいしい物を目の前に、一体どうしたというのだ」
妖魔がちらりと自分の体を見る。すると、体に絡みついている何かが見えた気がした。
「嘘だろ?! これってまさか……。えっあっ、そんなバカなっ!?」
次の瞬間、水菜に襲い掛かろうとした妖魔は、どういうわけか跡形もなく消し飛んでしまった。
これだけ騒いでいるというのに、水菜は何事もなかったかのように、気持ちよさそうに寝返りを打ちながら熟睡していたのである。
まったく、小学生というにはちょっとハードな生活を送っているが、水菜自身はすっかり慣れてしまっている。
これは、普通のようでどこか普通でない宮森水菜の物語なのである。
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