第2話 水菜の日常
学校から帰ってきた格好のまま水菜は、父親から渡されたメモの場所へとやって来る。
場所は街の中でもそこそこ心霊スポットとして有名な廃屋だった。
風が吹けばきぃきぃと扉が音を立てて揺れている。
まるで何かが出てきそうな、そんな雰囲気を醸し出す気味の悪い場所だった。
「何かいるのを感じるわね。こういう場所って、そういうのが好みそうだものね。まっ、私もそうなんだけど」
両手を腰に当てて、ため息を吐くように呟く水菜。気合いを入れ直すと、廃屋の中へと入っていく。
何年も前から住む人を失い、権利不明で管理が行き届かなくなった建物は、長年の風雨にさらされてかなりボロボロとなっていた。
中も壁や床はもちろん、天井にも穴が目立つ。床板を踏めば、かなり大きな音を立ててきしんでいる。
「はあ、感じるわ。こうなる前に潰すとか建て替えるとか欲しいものだわね」
ひしひしとその身に感じる何かに、思わず愚痴がこぼれてしまう水菜だった。
「ケヒヒヒヒ……。これは可愛いエサが転がり込んできたわい」
突如として、暗闇の中から声が響き渡る。その声に、水菜は勢いよく振り向く。
「出たわね、妖魔」
「ケヒヒヒヒ……。その言い方、退魔師か。お前みたいな娘っ子まで出てこねばならぬとは、いよいよ人材不足というところか?」
おっさん風のでかい顔に手足のついた気味の悪い物体が、薄暗い空間からゆっくりと姿を見せる。
「人を見てエサとかほざくあたり、腹出しってわけではないみたいね。あっちは人を食うような真似はしないものね」
姿を見せた化け物を見て、慌てた様子もなく呟く水菜。
「ケヒヒヒ、ずいぶんと詳しいようだなぁ」
「そりゃまあね。これでも退魔師だもの」
化け物とまともに会話をしている水菜。とても12歳とは思えない落ち着きようである。
「そうかいそうかい。だったら、そのうまそうな妖気、おいらにくれないか?」
がばあっと大きな口を開けて水菜に襲い掛かろうとする化け物。本来なら危機的状況だろうが、水菜はまったく慌てることはなかった。むしろ落ち着き払っている。
「はあ、これだから頭の悪い妖魔って困るのよ。弱いくせに迷惑だけは必要以上に掛けてくれるんだから、ねっ!」
「うがっ?」
軽くバックステップをしながら、何かを投げるような動作をする水菜。その直後、化け物の動きがぴたりと止まってしまう。
「な、なんだこれは……」
「動き封じの札。私はこれでも符術士なのよ」
「うがああっ、この小娘があっ!」
動きを封じられてブチ切れる化け物だが、まったく動ける気配がない。
醜く暴れようとする様を見て、水菜は大きくため息を吐く。
「うるさいから消えてちょうだい。愚かなる存在よ、土へと還れ!」
素早く横薙ぎに水菜の手が振り抜かれる。
「う……が?」
ぴたりと化け物の額にお札が貼りつくと、化け物の体がさらに硬直する。
「ががががっ、おいらがこんな簡単に……、いやだあああっ!!」
符術が発動して、光る地面へと吸い込まれていく化け物。必死に抵抗しようとするが、時すでに遅しである。
そう、化け物の敗北はもう最初から決まっていたのだ。水菜を相手にした時点で。
光が消え去ると、朽ちた床に先程のお札が落ちていた。化け物を封印したことで、先程とは模様が変わっている。
「さて、今日の妖魔は弱くて助かったわね。前みたいに逃げまくるやつじゃなくてよかったわ」
お札を拾い上げた水菜は、安心したように大きく息を吐いている。
「時間的にもちょうどタイムセールには間に合いそうね。さて、さっさと買って帰らないと夕飯に間に合わないわ」
スマホを取り出して時間を確認した水菜は、足早に廃屋を立ち去っていった。
その後やってきたスーパーで水菜は買い物をしている。
神社には実に二十人近くが住んでいるので、その買い物の量は半端ではない。
買い物かごはさすがに持てないので、カートにカゴをセットしての買い物だ。
次々と買い物かごに野菜から肉からいろんなものが放り込まれていく。あっという間にカートからあふれんばかりの量となるのだが、これを小学生である水菜が一人で持ち運べるというのだろうか。
会計をするレジの人も、実に心配そうにしながら会計をしているが、しばらくすると水菜をそのまま大きくしたような女性がやってきた。その様子を見て、レジの人も安心したようである。
「水菜、お待たせ」
「お母さん、よかった来てくれたのね」
「電話を貰えばすぐにでも駆けつけるわよ」
右手で力こぶを作ってアピールする水菜の母親である。
「またずいぶんと買ったわね」
「仕方ないわよ、兄さんも私も成長期真っ只中なんだもん。これでも長くて二日間しかもたないんだからね」
「一般家庭ならお財布が心配になるわね……」
レシートと買い物をした荷物を見ながら、思わず困った表情を見せる水菜の母親。とはいえ、この量がほぼ毎日というのが現実である。逃避しても事実は変わらないのだ。
親子で楽しそうに買い物を済ませると、母親が乗ってきた車で神社まで帰っていく水菜なのであった。
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