第1話 宮森水菜
まだ夜の暗闇に包まれる神社の境内。そこからほうきで掃く音が響いてくる。
ピンク色の髪を頭の上で
彼女の名前は「
そんな彼女の朝は早い。午前4時には目を覚まし、顔を洗って巫女服に着替えて境内や建物の掃除を行っている。
そして、午前6時になると朝食を作り始め、午前7時には朝食を食べる。
食卓は賑やかで、両親と一つ上の兄と、神社に住み込みをしている職員十数名と、意外にも大所帯。水菜はその中で黙々と食事をし、学校のある日は職員に後片付けを任せて登校の準備をする。
一日のスタートはいつもそんな感じだ。
「兄さん、はいこれ、お弁当」
台所から顔を出した水菜は、兄にお弁当を手渡す。
「あぁ、……悪いな」
兄は躊躇したように歯切れの悪い返事をすると、お弁当を受け取って水菜より早く学校へと向かう。
兄の名前は「
そんな兄の後ろ姿を、少々ぞんざいに扱われながらも笑顔で手を振りながら送り出す水菜なのである。
それから遅れること30分。水菜も小学校へと出発する。
小学校は制服がないので、私服で登校することになる。
この日の水菜の格好はバーカー付きのフリースジャンバー、その下はクリーム色の長袖タートルネック。チェック柄のプリーツスカートに黒のオーバーニーソックスと淡いピンクの白っぽいスニーカーと、比較的オーソドックスにまとめている。
水菜が家を出て、鳥居の方へ歩いていると、階段の下の方から声が聞こえてくる。
「おーい、水菜。おはようーっ!」
すごく大きな声だ。この声に驚いた鳥たちが、鳥居から一気に飛び去っていく。
水菜は50段はあろうかという階段の一番上に立ち、下を向いて大きく手を振りながら呼び掛ける。
「おはよー、寧子! ゆう!」
階段下では、二つの人影が階段の上を見上げていた。とても視認できるような距離ではないはずなのだが、水菜にはしっかりとその表情までが視認できていた。
挨拶をした水菜はたんたんと石の階段を下りていく。さすがに何年も行き来していれば、その動きは軽快なものだった。
「お待たせ。相変わらず早いわね」
「そりゃまあな。水菜が早いから、あたしらも早くなっちまうってもんだよ」
肩まである金髪のこの少女は「
「本当だよ。私たちもすっかり早起きが習慣化しちゃったんだからね」
もう一人の茶髪で眼鏡をかけた控えめな少女は「
三人は親友であり、大抵は一緒に行動しているくらいに仲が良いのである。
「しかしまぁ、まさか幼稚園の頃からずっと同じクラスとはな……。今年も一緒だったから、これで8年連続か?」
集団登校の集合場所に向かいながら、寧子が水菜たちに話題を振る。
「そういえばそうだね。普通は一人くらい別のクラスになったりしそうなものだけどね」
言われて気が付いたゆうが、笑いながら反応している。
確かにそうなのだ。三人が初めて会ったのは幼稚園の年少の時、つまりは5歳の時だ。
今は小学6年生で12歳になる。その初めて会った5歳の時から、三人は常に同じクラスになってきたのだ。これはなかなか珍しいものである。
「ははは、なんでだろうね。不思議な事もあるものね」
水菜は口を開けて笑っている。不思議とどこか不自然な感じの笑い方である。
ところが、寧子とゆうは特に気にする事もなく一緒に笑っていた。
「ここまで一緒だと、まるで腐れ縁だよな、あたしら」
「ちょっと寧子。そういう言い方はよしてくれないかしらね。まるで良くないものみたいじゃないのよ」
「本当。寧子ちゃんってばどこでそんな言葉を覚えたのかな」
急に寧子が言い放った言葉に、水菜とゆうは揃ってツッコミを入れていた。
「どこだっていいだろ。ほら、集合場所に着いたぞ」
ちょうど目的地に到着したのをいいことに、寧子はごまかしながら二人の追及から逃げていた。いつものことなのか、二人は仕方ないわねといった感じに顔を見合わせていた。
学校のある日はだいたいこんな感じである。
水菜は楽しそうに友だちと戯れる、どこにでもいるような普通の小学生なのである。
しかし、親友である寧子とゆうには教えていない姿が水菜にはあったのだ。
学校が終わり、水菜は家に帰ってきた。
「おかえり、水菜」
「ただいま、お父さん」
玄関を開けると父親に迎えられる水菜。その父親はなにやら神妙な面持ちになっていた。
「すまないが、今日も頼まれてくれないか?」
「私でいいのならやるわよ。まったく、人手が足りないからって小学生の私にまで頼むってどういうつもりなのよ」
「すまないな。本当なら父親の私が行くべきなんだが……」
水菜の父親は、本当に申し訳なさそうに水菜に声を掛けている。
「仕方ないわよ、お父さんは神社の事で忙しいんだから。この件だったら、私に任せておいて」
水菜は父親にそう答えると、荷物だけ置いてすぐさま再び出掛けていったのだった。
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