転生妖魔は穏やかに生きたい
未羊
プロローグ
夜の闇に包まれた森の中を、一つの影が移動している。傷は負っていないものの、息を切らせた顔の表情には焦りの色が見える。
「こ、ここまで来れば安心だろう……」
追われていた影が、足を止めて後ろを振り返る。そこには何の姿も見えない。
安心したのも束の間、ぴしりと影に悪寒が走る。
追われていた影が、恐る恐る後ろを振り返る。
「あの程度で私を撒けたなんて、可笑しくて笑っちゃうわね」
そこの響き渡ったのは、どこか冷めた少女の声。
「まったく、今日は推しのドラマの日だっていうのに、急な依頼で録画予約もできなかったじゃないの。どう責任を取ってくれるのかしら」
少女のため息交じりの声が、少しずつ影に近づいてくる。
「無駄に逃げ回るものだから、時間過ぎちゃってるしね。今の気分は最悪よ」
影はあまりの恐怖から、少女に対して攻撃を仕掛ける。影から分離した何かが少女を襲うが、少女に慌てる様子はまったくない。
「はぁ、うざいわね……」
少女の周りに見えない力が発生して、その何かをすべて叩き落してしまった。
「馬鹿な、俺の暗器がすべて防がれただと?!」
影は驚き慄いている。
「力の使い方が雑。所詮は下級から中級に上がったばかりっていったところね」
じわりじわりと暗い森の中を、草を踏みしめる音を響かせながら、少女は影へと近づいていく。
「く、来るなぁっ!」
必死に抵抗する影だったが、すべての攻撃は少女に届かず叩き落されていく。あまりの恐怖に逃げ出そうとする影だったが、ここで異変に気が付く。
「ば、馬鹿な。体がまったく動かない……。くそっ、動けえっ!」
そう、どんなに力を入れようとも体がまったく動かないのだ。目玉だけは動くようなので、影はゆっくりと少女の方へと視線を向ける。
「ひっ!」
その時の少女の形相に、思わず声を上げる影。
「いい加減飽きたわ。せめて苦しまないように、一瞬で終わらせてあげる」
少女は手に何かを構える。
いや、それだけではない。少女の腰の辺りから地面に向けて、何本もの帯状の物が伸びていた。そう、その帯状の物こそ、影を縛りつけて動けなくしていたものだ。
「形代よ、悪しきものを浄土へと導け」
少女の手から人型の紙が投げ出される。投げ出されたそれは影を縦に2つに切り裂いた。
「ぎゃあああっ!」
切り裂かれた影は、断末魔を上げて跡形もなく消滅してしまった。
「討伐完了っと。……無駄に走らされたから、帰ったらお風呂入らなきゃ。ほんっと、最悪……」
少女はそう言うと、森の中をゆっくりと歩き出した。
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