4-3

「こちらの薬瓶に入っている予防薬には、イヴェルクチアという成分が使われています。この成分は、さまざまな寄生虫に対する駆虫効果が認められており、小糸状虫に対しても優れた駆虫効果を発揮します」

「……駆虫成分ということですよね。一体どのような仕組みでフィルアシス症を予防するんですか?」


 ベアトリスがわずかに首を傾げた。

 駆虫成分が出てくるのは予想外だったか、彼女の表情はどこか訝しげだ。

 彼女の中に生まれた疑問を解明するために、シュユはイヴェルクチアがどのような薬であるのか説明をはじめた。


「イヴェルクチアには、無脊椎動物――この場合は小糸状虫の神経や筋細胞に作用します」


 シュユの指先が再度イヴェルクチアを入れた薬瓶を叩く。


「幻獣の体内に入ると、イヴェルクチアは伝達物質の通り道に結びつきます。そして、神経や筋細胞の働きを妨げて麻痺を引き起こし、最終的に死滅させます。これにより、小糸状虫が皮下組織や筋肉組織中で成長する前に駆除して、フィルアシス症の発症を抑えます」

「……安全性はどうなっている? 話を聞く限り、なかなか危険そうな成分であるように聞こえるが」


 神経に影響を与えるだなんて言われたら、誰だって不安を感じる。

 けれど、イヴェルクチアはその辺りの不安をほとんど感じずに作られている。


「医薬品なので、副作用は避けて通れません。しかし、幻獣の身体には大きな害を与えません。血液脳関門……簡単に言うと、脳の中に薬物が入らないように門の働きをしている器官で抑えられますから」


 空いているもう片方の手で自分の頭を軽く示し、シュユは言う。


「しかし、一部の幻獣は血液脳関門の働きが弱いため、そういった幻獣たちにはイヴェルクチアの投与は適していません。なので、そういった子たちにはこちらの予防薬を使います」


 その言葉とともに、今度は青いラベルが貼られた薬瓶の上でシュユの指先が踊る。


「こちらの瓶には、セラクティア――イヴェルクチアとはまた違った成分の薬が入っています」


 セラクティア。

 それが青いラベルの中に入った予防薬の名称だ。


「セラクティアは小糸状虫の神経細胞に作用します。特定の受容体というものに影響を与え、筋肉を弛緩させて麻痺を引き起こすことで小糸状虫を駆除します。こちらも幻獣の身体には大きな悪影響を与えないように作られており、イヴェルクチアを投与できない一部の子たちにも安心して使用できます」

「ふむ……安全性の面も問題なさそうだな」

「それから、セラクティアは小糸状虫だけでなく、ノミやマダニといった厄介な寄生虫にも効果があります。身体の内側と外側、それぞれに寄生する寄生虫を一度に駆除できるので、虫魔から幻獣を確実に守れるのが特徴ですね」


 けれど、と。

 一言前置きをし、シュユはわずかに目を細めて言葉を続ける。


「イヴェルクチアよりもさらに安全性が高いといえますが、経口投与には向いていないので扱いには注意しなくてはなりません」

「もし誤って経口投与してしまった場合はどうなる?」

「主に流涎、ようは唾液がだらだらと出て止まらなくなります。しかし、最悪の場合、より重篤な症状が出てしまうおそれがあります」


 なので、セラクティアを使うときは誤って薬液が幻獣の口に入ってしまわないように気をつけてくださいね。

 笑顔でそう付け加えた瞬間、リュカがわずかに顔を青くした。

 無言でゆっくりと頷いたため、誤って経口投与してしまった場合の危険性がしっかり伝わったのなら何よりだ。


「では、最後の瓶に入っている薬もご説明します。この赤いラベルの瓶で管理している薬はモキシア。寄生虫の神経や筋肉組織に影響を与えて麻痺を引き起こす効果があり、この面は他の予防薬と似ています。しかし、モキシアはこれだけでなく、特定のアミノ酸と関係がある部位に作用してその働きを高めるともいわれています」

「……それぞれ特徴が異なるんだな。当然だが」

「ふふ、そうですね。……あ、モキシアは血液脳関門を通過できないので幻獣の健康に悪影響を与える心配は少ないですが、一部の幻獣に投与する際は用法用量を厳守して慎重に投与しないといけませんので、その点を忘れないようにしなくてはなりません」


 忘れずに注意点も付け加えてから、シュユは指先で自身の顎を軽く擦った。


「スウォンツェ様は、お顔が細めでしゅっとしておりますので……イヴェルクチアを投与すると危険な子に含まれている可能性があります。なので、セラクティアかモキシアを処方したいのですが……お薬を飲ませるとき、スウォンツェ様は錠剤をすぐに吐き出してしまいますか?」


 ちらりとリュカへ、そしてベアトリスへ視線を向け、わずかに首を傾げる。

 イヴェルクチア、セラクティア、モキシア。開発された三つの予防薬のうち、スウォンツェに適していそうなのはセラクティアとモキシアの二種だ。

 これら二つの薬のうち、セラクティアは外用薬、モキシアは内服薬に分類される。


 スウォンツェが内服薬を苦手としているならセラクティア、内服薬も問題なく飲めるのならモキシアを処方したいところだが――さてどうだろうか。

 シュユがじっと見つめる先で、閉ざされていたリュカの唇がゆっくりと開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る