4-2
フィルアシス症を治療できるか問われたとき、シュユは確かに口にした。
条件を飲んでくれるのであれば、スウォンツェのフィルアシス症を治療する――と。
手術を優先したため、具体的にどのような条件なのか告げそびれていたが、自分がそういった言葉を口にしていたのはシュユもはっきり記憶している。
今回のような騒動が二度と起きないようにするため、あのような言葉を口にしたのだから。
「わたしが侯爵様にお願いしたいことは、一つだけです」
シュユが確実にリュカへ飲ませたいことは、ただ一つ。
「領内でフィルアシス症の予防を徹底してほしいのです」
この病が二度と発生しないように領内の予防を徹底する――これだけだ。
「……フィルアシス症の予防を、か」
「はい」
要求を復唱したリュカへ、首を縦に振る。
「フィルアシス症は一度発症すると非常に厄介な病ですが、予防を徹底さえすれば確実に防ぐことができる病でもあります」
リュカが大きく目を見開き、ベアトリスもぽかんとした顔を見せた。
危険性が非常に高いフィルアシス症だが、実は予防さえすれば発症を抑えられる病でもあるのだ。
「一度セティフラム領でフィルアシス症が確認された以上、再度感染が起きる可能性はゼロではありません。同じ悲劇を繰り返さないようにするためにも、領内で予防を徹底してほしいのです」
「予防をしていれば確実に防げる……とは言っても、感染しないよう予防をするのは困難であるように思えるのですが……」
そういったのは、眉尻を下げたベアトリスだ。
片手を口元に当て、どこか不安げにも見える目がシュユの姿を映し出している。
リュカも指先で自身の顎をさすりながら、思案げに口を開く。
「確か、蚊を媒介して感染するのだったか。であれば、蚊に刺されぬようにすれば……?」
「それなら、忌避作用があるハーブや薬草が使えるかと。蚊に対する忌避作用がある植物で遠ざければ、幻獣が刺される可能性は低くなるのでは――」
「いえ、それだけでは確実ではありません」
ばっさりと音がしそうな勢いで、リュカとベアトリスが出した案が切り捨てられた。
シュユとしても二人が考えてくれた結果を切り捨てるのは心苦しいが、幻獣たちの命を守るためにもしっかり伝えておかねばならない。
「何故だ? 蚊に刺されることが主な感染経路なら、そこを断つのがもっとも効率的だろう」
「確かに、幻獣が蚊に刺されないようにすることは効果的です。……しかし、忌避はあくまでも忌避。予防とは別物です」
フィルアシス症を引き起こす原因は糸状虫。
そして、糸状虫は蚊によって媒介され、幻獣が蚊に刺された際に感染する。
この仕組みを知っていると、蚊に刺されないようにすれば予防できると思ってしまいがちだが――蚊を遠ざけるだけでは不十分なのだ。
「害虫忌避は完璧ではありません。ハーブや薬草を用いるのであれば、なおさら。確かに植物の中には蚊に対して効果を持つものもありますが、ハーブや薬草による忌避効果はすぐに途切れてしまうおそれがあります」
忌避効果が途切れてしまったらどうなるか?
考え込まなくても、答えは見えている。
「……ならば、どう予防すればいい? 主な感染源を断つ以外に何か方法があるのか?」
リュカが眉根を寄せ、腕組みをした。
そんな彼の姿から目をそらさず、真っ直ぐ見つめたまま、シュユは言う。
もっとも効果があるフィルアシス症の予防方法を。
「予防薬です。定期的に予防薬を犬型の幻獣へ投与し、フィルアシス症の発症を防ぎます」
フィルアシス症を予防することを目的として作られた予防薬の投与。これがもっとも効果がある予防法だ。
「予防薬……薬の投与か?」
「はい。フィルアシス症に効果がある医薬品のうち、予防薬は主に小糸状虫へ効果を発揮するように作られています。幻獣に寄生した小糸状虫が、まだ皮下組織や筋肉組織中に潜んでいる間にまとめて駆除することで、小糸状虫の成長を防ぎ、心臓に寄生してフィルアシス症の発症に繋がらないようにします」
「つまり……体内に入り込んだ小糸状虫、つまり病原体そのものを駆除して発症を防ぐというわけか」
「そういうことになりますね」
言葉を紡ぎながら、シュユはトランクケースから大きめの薬瓶を取り出し、テーブルに並べた。
それぞれの薬瓶にはコルク栓がされており、異なる色のラベルが貼られている。
一つは緑のラベルが貼られ、一口サイズのキューブ状の食べ物らしきものが中に入れられている。
もう一つは青いラベルが貼られて薬液が入れられており、注射器そっくりのシリンジが瓶の傍に添えられていた。
最後の一つには赤いラベルが貼られており、シンプルな錠剤がじゃらじゃらと入っていた。
「こちらが我がルミナバウム領で開発されたフィルアシス症の予防薬です。薬のタイプは違いますが、中身はどれもフィルアシス症に対する予防効果――すなわち、小糸状虫への駆虫効果が認められた薬が入っています」
「……一体、どのような薬なのですか?」
発されたベアトリスの声には、疑問や興味がたっぷりと含まれている。
緑のラベルの瓶をこんと叩き、シュユは彼女の疑問に答えた。
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