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「……手段を選んでいる余裕はないのですね」
ゆっくりとした動作で、シュユは頷く。
「弱っている状態で麻酔をかけるので、スウォンツェ様の命を守れるよう、術中は治癒の魔法陣を常に発動したままにしておきます。魔力量に自信がある方が一人か二人ほど魔法陣の維持にあたってください」
「は、はい!」
「数人は魔法陣の維持を担当してくださっている方々へ魔力回復薬を運んであげてください。残りの皆様とピスタシェ様は手術のサポートをお願いします」
「了解いたしました。……スウォンツェ様の生命維持は?」
「メディレニアが生命維持に特化した治癒の力を持っているので、メディレニアに担当してもらいます。メディレニアが吠えたら、容態が悪化していると考えてください」
「わかりました」
幻療士たちに素早く役割を振り分け、最後にベアトリスへ改めてサポートを依頼する。
いまだにあまり納得がいっていなさそうな顔だが、返された言葉は非常に頼りになるものだ。
後々に少し問題が起きるかもしれないが、ひとまずこの場はこちらの指示に従うことに決めてくれたようでほんのわずかに安心した。
「では――スウォンツェ様をここへ。糸状虫がどこに寄生しているのか確認したいと思います」
ベアトリスが頷き、スウォンツェの傍へ歩み寄っていく。
療養部屋から治療室へ化した部屋の奥で、スウォンツェは幻獣用のベッドの上で静かに身を横たえている。
ベアトリスはそんなスウォンツェへ小さく一言断ってから、そっと優しく抱き上げてこちらへ戻ってきた。
大きめのテーブルにシーツをかけて作った簡易的な手術台の上に、そのままそっと横たえる。
「お連れしました、エデンガーデン様」
「ありがとうございます、ピスタシェ様。……では、皆様。壁のほうをご覧くださいませ」
ベアトリスへ感謝の言葉を紡いだあと、シュユは薄く紫色に輝く鉱石――投影石と呼ばれる魔法石を取り出し、スウォンツェの胸に触れさせた。
その状態で投影石に魔力を流し込んだ瞬間、薄紫の光を放ち始め、壁に白と黒のみで描かれた映像を映し出した。
「……エデンガーデン様、これは……」
「スウォンツェ様の心臓内――右心室内の映像です。寄生している糸状虫が丸く塊のような状態になっているのがわかりますか」
説明をしながら、シュユも壁に描かれた映像へ視線を向ける。
白い壁に投影されている白と黒の映像は、心臓が脈打つたびに動いている。一定のリズムで脈打つ中で、そのリズムに合わせて丸い影が上下に揺れ動いていた。
当然のように、右心室内に居座っている丸い影。
これこそがフィルアシス症を引き起こしている犯人であり、シュユが強い怒りを向ける寄生虫――糸状虫だ。
シュユの目が鋭くなり、動く丸い影を睨みつける。
怪訝そうに映像を眺めていたベアトリスだったが、彼女も上下に揺れる影を見つけた瞬間、はっと目を見開いた。
「……これが心臓内の映像だとすると……鼓動に合わせて上下に揺れ動いている丸い影が確かにありますが……まさか、これが……」
「はい。それがスウォンツェ様の心臓内に寄生している糸状虫の成虫です。これを全て摘出するのが今回の手術の目的です」
シュユがそういった瞬間、その場にいる全員が穴が空きそうなほどに映像を見つめた。
上下に揺れ動く丸い影は、ぱっと見た直後ではよくわからない。
けれど、シュユに言われてから映像をじっくり見てみると、確かに丸い何かの影が一緒に動いているのがよくわかった。
「麻酔後、麻酔と呼吸を維持する専用の魔導医療具を取り付けたのち、首元の被毛を刈って切開します。その後、頸静脈から鉗子を心臓内に挿入し、糸状虫を挟んで釣り出します。これを何度か繰り返し、糸状虫をつまめなくなったら心音を確認。心雑音が消えていたら摘出完了です」
改めて口に出すと、本当にハイリスクな手術だ。
もっと安全に糸状虫を摘出し、フィルアシス症を治療できる方法が見つかればいいのだが――現状はこれがもっとも確実だ。
「本手術――糸状虫摘出術は、大変繊細な作業が要求される術式です。少しでも幻獣の身体にかかる負荷を和らげるため、全ての工程を迅速に行い、できる限り短時間で完了させなくてはなりません」
室内の空気がどんどん張り詰めていき、きんと冷えていく。
何度も味わってきた――手術前の独特の空気だ。
「少しでももたつく箇所があればスウォンツェ様の命に関わるおそれがある……そう心に刻んで挑んでください」
返る言葉は聞こえない。
だが、この場にいる全員の声なき返事を、シュユは確かに聞いた。
身にまとっていた外套を脱ぎ、手術をする際に決まって身につけている専用のエプロンを身にまとう。
口元を清潔なバンダナで覆い隠し、頭の後ろできゅっと強く結ぶ。
両手に手袋をはめ、消毒と浄化の魔法でこの場にいる全員の消毒を済ませれば、いよいよだ。
全員の準備が完全に整うのを待ってから、シュユは一言告げた。
「――それでは、術式を開始します」
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