たけのこ

 むかしむかしあるところに、竹藪に囲まれた村があった。決して大きくはないその村は、外の世界との交流はないが、村人たちは互いに助け合って穏やかな生活を送っていた。特に昨今は子どもたちも多く、村の中は子どもたちの賑やかな声であふれていた。

だが、そんな明るい村もある日を境にしんと静まり返ることとなる。毎年春になると、子どもばかりを狙う怪物が辺りをうろつくようになり、今年はこの村がその標的となっていた。


「父ちゃん、いつになったら外で遊んでもいいの?」


村の東側に住む少年竹太郎は、退屈そうに問う。いつもは優しい父と母が、この時期ばかりは急に険しい表情になってほとんど遊んでくれなくなるからだ。


「春が終わったら、な」

「えー……春っていつ終わるの?」

「そうねぇ……蝉が鳴き始めたらね」


 その時が来るのはまだ随分先で、竹太郎は何度目かわからない溜息をついた。今はまだ蒲公英が咲いたばかり。友達とも遊べず、ただ家の中でじっとしているのは、育ち盛りの竹太郎にとっては苦痛でしかない。


「今度会ったら絶対背比べしようって、竹二郎と約束したんだ!」

「夏になったら出来るわ。大きくなる準備をしていれば、あっという間よ」


 母はそう言うけれど、大人の一日よりも子どもの一日はうんと長い。家の中の玩具も遊び尽くしてしまった。さて、次の遊びは何をしようと竹太郎が考え始めたその時。


「大変だ!奴らが来た!」


 隣の家の竹蔵おじさんが大きな声で村中に聞こえるよう叫んでいる声が響いた。


「竹太郎、絶対に家の外に出るんじゃないぞ」

「母ちゃんと奥の部屋に隠れましょう」


 突然、両親の表情が尋常でないほどに強張る。子どもながらにこれはただ事ではないことは竹太郎もわかっていた。母が自分に覆いかぶさるようにして隠してくれる。息を殺してただじっと時が過ぎるのを待った。



 どれくらい姿を隠していただろう。外を見に行っていた父が戻ってきて、もう大丈夫だと言ってくれた頃には、もうすっかり辺りが暗くなっていた。いつもなら夕食時には楽しい話をたくさんしてくれる父が、今日はやけに口数少なく黙々と箸を口に運んでいる。どうしてだろうと竹太郎は心配になる。


「……父ちゃん、やっぱり何かあったの?」


 しばらく口を閉ざしていたが、あまりにも息子が不安げに顔を覗き込んで来るので、父は大きく息を吐いてから、重苦しく口を開いた。


「……実は……はす向かいの竹二郎が……奴らに連れていかれたそうだ」


 もちろん彼も竹太郎同様、家の中でじっとしていたらしいが、今回の怪物はよほど空腹だったのか、家の中まで踏み荒らして竹二郎を連れ去ったのだとか。見つかったのは、無残に剝がされた彼の洋服だけ。

 そうなると、もうこの家も確実に安全だとは言えない。これからどうしましょうと母はこぼしたが、父は何も答えなかった。


 ―……次は、ぼくだ。


 直感的に竹太郎は悟った。次に狙われるのは間違いなく自分だと。この村で残っている子どもはもう自分と隣の家の竹千代ちゃんしかいない。けれど竹千代ちゃんは今年の初めに生まれたばかりの赤ん坊だから、今までの傾向からして、怪物たちが狙うのは竹太郎の方だろう。その事に両親が気づいていないはずはない。それでも話題に触れなかったのは、言葉にして真になるのを恐れたのかもしれない。みすみす怪物に可愛い我が子を差し出す親はいないのだから。


「……父ちゃん、母ちゃん……怖いよ……」


 瞳にめいっぱいの涙を浮かべる竹太郎を、父と母は強く強く抱きしめた。必ず守るから、と。




 再び昇る太陽は、今日も村の入口に建てられた看板を照らす。


『たけのこ狩り はじめました』



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