第38話 みなそこの姉妹
しばらくはみなそこも騒がしかった。
水鏡が鏡を使って都の王や宰相たちと話をつけ、村への資材や人を手配した。その間に水鏡が直接かかわることはないが、国同士の交渉も行われていた。神をこちらに奪われているのだから、隣国はどうしようもない。もともとの国力も違っている。派兵の失敗により民の信も失い、今の王の一族は捕らえられた。水鏡が力を送って日照りが続いていた地に雨を降らせ、地の力を持つ神が火の山による地の揺れを鎮めれば、荒れ切った民の心も落ち着いてきた。赫天が力を取り戻すまでは他国の力も借りて、国を建てなおすこととなった。政もしばらくは他の国の監視下に置かれることとなる。
赫天はそんなことは知らず、無邪気に鈴や宵、環と遊んでいる。まだあまり言葉は話せない。神というが、宵と環にとっては愛らしく元気な、普通の子だ。水鏡のことはあまり得意ではないようだが、嫌がりはしない。水鏡も幼い姿の赫天は案外気に入っているようだ。
「ずっとこのままでもいいぞ」
と嬉しそうに逆立った赤毛を撫でてやっている。どうやら、湖の神は小さいものが好きなようである、と環は見ている。
環は宵と多くの時間を過ごした。そのなかで、色々なことを教わった。料理をはじめとする家事と畑や田のこと。建物や道具の手入れ、収穫物の管理。宵は村の運営についてのたいていのことは知っていたが、一から村を作るという点でわからないことは二人で書物を探して読んだり、鏡を使って見て確かめたりもした。姉は頭の回転が速く、好奇心が旺盛なことを環は初めて知った。生まれたときからともにいたというのに、知らないことが多すぎる。
宵は今後のために環から話を聞いて村に起こったことについて書き残すことにした。村長のことについて書いているとき、ふと宵が呟いた。
「仁、死んでしまったのね」
「……ええ」
「環は、仁と結婚する気があったの?」
環は首を振った。宵は驚いたようだった。
「仲がよかったから、もし何も問題がなかったら、そうなるのかと思っていた」
何も問題がなかったら。それは自分が死を約束されておらず、仁が自分のために人を殺めていなければ、ということだろうか。あまりにも現実と離れた過程なので、環にはわからなかった。
「私は誰かと、夫婦になるなんて考えられなかった。仁がどうとかでもないの」
「そう……」
「姉さんは水鏡様と、幸せそう」
宵は困ったように微笑んだ。
「私は幸せだけど……水鏡様は、どうかしらね」
「幸せそうだわ」
ここに来たのが姉さんでよかった、と、言おうとして、仁のことを思い出してやめた。ここに来た経緯を思えばそんなことは言えない。だが、水鏡の妻になるのは宵がよかったのだろう。環はみなそこが、正直なところ苦手だった。快適だが、静かすぎるし、美しすぎる。環は人とそのざわめきが好きだった。宵は、ここに自然に馴染んでいる。そしてあの恐ろしいほどに美しい水鏡にも、宵は自然に馴染んでいる。そして、水鏡のほうも。
「水鏡様は、姉さんが気に入っているのね」
宵の白い耳が赤くなった。姉ながらたいそう可愛らしい。環はくすぐったい気持でそれを見る。
「姉さんが幸せそうでよかった」
環の言葉に、宵は嬉しそうに微笑んだ。村にいた頃の姉は疲れ果て、薄汚れていた。それが今はどうだろう。美しい衣にくるまれて、清流の中の小さな宝石のように清々しく美しい。環はまぶしさになぜだか泣きそうになって、瞬きをした。
「もうしばらくしたら、私はここから出ていくけど」
「ええ」
「それまで、たくさん話をしましょうね」
宵は、うん、うん、と頷いた。その、不格好で幼げな様子に、先ほどは耐えられた涙が、環の目からぽろりと落ちた。
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