第39話 別れ

 兵たちと村を再建するための専門家が派遣された。環の見知った顔もいた。あの白馬もいた。馬の中でもひときわ凛々しく、環はすぐに見分けがついた。

 兵の中には世話になった王城の侍女たちから預かったという菓子や着物や櫛などを環に渡すものもいた。環は無邪気に喜んでそれを受け取り、一人一人に丁寧に礼を言った。傍らでそれを見ていた宵は、妹が都の人間にも好かれることに改めて驚き、納得もした。どこにいてもああ振舞えるのならば、それは好かれるだろう。環が自分とまるで違ったふうに育ったことを思うのは苦しいが、しかしよいことだとも思う。環の明るさ、真っ直ぐさは、その場を明るくする。きっと、この村はいいものになるだろう。

 環が先導して辺りを検分し、後片付けをすると、急場を凌ぐための天幕を張る。

「騒がしい娘だったな」

 宵に水鏡が囁く。また少し大きくなった赫天と鈴はみなそこで留守番だ。

 みなそこで環は騒ぐわけでもなかったが、赫天や鈴と遊んでやるときは声高く笑ったし、いつも赫天と宵、たまに鈴を相手にとりとめのないことを話していた。そもそも、比べる相手が宵であれはほとんどの娘は騒がしい。

「私とは似ていないでしょう」

「似ているさ……まあ、そうだな」

 水鏡は妻に微笑みかけた。

「お前のほうが好ましい」

 黒い眸を零れ落ちそうなほど見開いて自分を見上げる宵に、水鏡が胸がむず痒いような甘ったるいような心地になって、言葉を見失う。赫天と対峙していたときに覚えた、あの奇妙な感覚がわずかに蘇ってくる。この娘を何より美しく、尊く思った。今もそのときの輝きが心の深い場所に残っている。おそらくこの先も消えることがない。

 環の騒がしさは不快なほどではないが落ち着かなかったが、いなくなれば宵と二人で過ごす時間が増えるのだと気づき、今更引き留めたくなった。宵と二人で語らう時間はこのうえなく好ましいもので、今もそれは変わっていないはずだが、その時間を持つのがなぜか、恐ろしい。何が起こるのかわからない。

 ふっと目を逸らしてしまう水鏡に、宵も黙りこくっていた。

 すっかり懐いている白馬を伴う環は、宵に手を振った。後ろには屈強で老獪な男たちと気難しそうな年配の女たちが並んでいる。それでも気負うこともなく、若い身ながら自然と一番前に立っている。

「姉さん、水鏡様、お世話になりました」

 深く頭を下げる。

「ああ、よい村を作れ」

「何かあったらすぐに教えてね。時々様子を見にくるから」

「はい。それと姉さん、これ」

 環は宵に何かを手渡した。柿だった。よく熟した大きな柿だ。

「森を歩いているときに見つけたの。神様には果物を捧げるでしょう? 一つしか見つからなかったけど、どうぞ」

 宵は両手のひらに載せられた柿を見た。へたには煤がついているが、実は傾きかけた日を浴びてつやつやと光っている。環がきれいに磨いたのだろう。宵のために。

 何を言っていいのか、わからない。

「ありがとう……」

 言葉に出来たのはそれだけだった。あとはただ、嗚咽が漏れるばかりだ。

 かつて、柿は一つとして宵のものではなかった。環や家族のために剝いて、皮をこっそり食べていた。環はそんなことは知るまい。宵も教えたいとも思わない。環はただ、見つけたから餞別にくれただけだ。そして宵は今、たった一つの柿を環が手渡してくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。明るく、優しい妹。この世でたった一人の妹。みなそこにいる間、色々なことを話した。愉快なことばかりではなく、お互いに触れないようにした部分もあり、距離を埋め切れたとは言えない。それでも二人で布団を並べて、聞き分けられないほど似た声で名前を呼び合うだけで、どうしようもなく嬉しかった。

 近くにいて、いつでも会えても、もう人と神として隔てられている。だがまぎれもなく宵にとって、環はたった一人の妹だった。愛しい、愛しい妹。

 泣き出す宵を、環は抱きしめた。お互い泣き止むまで、抱き合ったままでいた。

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