記憶。
ま、初対面みたいなもんだしな…。ああいうことにもなるわなと俺はひとまずそう思うことにした。シャクなことだけどな。
俺は姫野がさっさと帰ったまったオンガクシツにゃ特に興味なんてのは無かったから、俺も姫野よろしくさっさと帰ることにした。と、その前に。
俺は姫野がいたピアノの椅子に座るだけ座ることにした。ふゥ〜ん…? 俺に椅子の高さは全然合ってねぇ。なんていうか、窮屈だ。姫野が座ってた姿と違って違和感しかありゃしねぇ。俺のタッパじゃそれもそうか。
姫野の姿を思い出す。小柄なその背中はなんつーか…。疲れ? そういうものを感じた。"お受験"も控えてるだろうし、それもそーだろーな。姫野が進学をするのか、それとも別の道を行くのかなんてのはなんにもわからねぇ。見た感じ、まぁ進学だろうなとは思うけどよ。
窮屈ながら俺は姫野が弾いていたピアノを指で触れてみる。鍵盤を押し込めば、当たり前だが音が鳴った。
ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド。たしか、右に連チャンすりゃそういう風に音が鳴るはずだ。いま俺が知ってる音楽ってヤツの知識はそれが限度だな…。あ、逆にいけばド、シ、ラ、ソ、ファ、ミ、レ、ドになるのか? そーだよな?
音は鳴ってる、つってもそれがオンガクにゃなってない。んなことで落胆しててもしゃーがねぇよな。
姫野は俺に教える気が無いわけではない、そういう口ぶりだった。頼み込みゃワンチャンあるとは思うものの姫野と会う段取りってのが必要だ。
どうあれ俺は行動する。いっちゃん意味が無ぇことは姫野も帰っちまったここで突っ立ってることだ。俺も一旦店じまいにして、今日のところは帰るとする。
俺は自分の教室に戻る必要も無ぇ。このまま廊下を抜け、階段を一段抜かしで歩いていく。角を曲がれば校庭は目の前だ。俺はクソちいせぇスリッパのパチモンからいつものスニーカーに履き替える。何にも入っちゃいねぇ薄っぺらいカバンを手に俺は校庭に踊り出る。
「クソだなこの気温…」
最近の気温はひでぇありさまだ。もう夏も終わるはずなのにな、日中に人が歩きゃ死んじまうだろって気温が連日続いていやがる。じゃあ歩かなきゃいいじゃねぇの、とはいかねぇわけでさ。俺はマジメな学生だからな。
校門で挨拶運動? よくわかんねぇことやってるセンコーに片手を上がるぐらいの挨拶はして、オツカレサマデースと横を通り過ぎる。ったく、何がおもしれーんだよコイツらは。
学校を出ればありがてぇことにほぼ目の前がバス停だ。駅前まではバスで行く、これは二年間俺が通学した上で出したスンバラシイ答えの一つだ。かったるい授業を終えて駅までまだ歩く? 冗談キツいぜ。
バスが来るまでの待ち時間、俺は通り過ぎるクルマを眺めることぐらいしかすることはないわけで。横で待ちぼうけの女子はビビって俺に近寄りもしやがらねぇ。身長高いのがモテるなんて言ったヤツ、ゆるさねぇぞマジで。
俺はスマホをポケットから取り出して、面白くもねぇ無料のパズルゲームを始めようとしたその瞬間にバスが俺の前に停まる。良いタイミングじゃねぇの。
俺はバスのドアを入ってすぐのぺろりと舌を出したチケットをもぎ取って一番後ろの座席にさっさと移動した。下手に女子が横になられても困るからだ。座っちまえばこっちのもん、後は寝てても駅に着く。駅は終点、爆睡してても駅員が起こしてくれる保険付きだ。
バスのエンジンの振動が俺の身体を揺さぶる。思ったよりすぐ出発だな。乗り込む生徒の数は少なくまぁまぁの人数を載せたバスは駅へと出発する。
今日もオツカレサマでしたと学舎サマにご挨拶して俺は座席に深く座り直す。考える事があるからだ。
姫野、ねぇ…。可能性がある、とすりゃ姫野は良い選択だと俺は思い始めてる。選択の余地ってのが無い、ってのがホンネだけどよ。次はどこで居合わせるか…。俺の方からいかねぇと、な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます