本文
序章のヒロインである鈴城が転生者に襲われ主人公のゼノスに助けられるところです。
暗い夜道を私は一人で歩いていた。学校で残って勉強していたら遅くなってしまい少し帰路を急ぐ。
「ああ、また夕飯コンビニで買って帰らないといけない……!」
集中すると時間の経過を忘れてしまうのが私の悪いところだ。このごろ勉強に集中して帰りが遅くなることが多くなった。夜道を女性である私が一人で歩くのはよくないので今後気を付けよう。
家への帰り道を急いでいると微かに誰かの声が聞こえた。
(今のって……悲鳴?)
私は声のしたほうへ恐る恐る向かう。なにをしているんだと頭の中の冷静な私が囁くが妙に刺激された好奇心には勝てなかった。
辿りついたのは近くの廃ビルだった。今は取り壊されることが決まり誰も近寄らない場所だった。
「こんなところに人っていったいなにをやってるの……?」
私はいぶかしみながらビルの中に足を踏み入れる。中は暗かったため、スマホのライトを懐中電灯替わりにする。
ビルの中を進んでいくと焦げくさい匂いが漂ってきた。
(こんなところでなにか焼いてる……? ますます訳が分からない……)
私の頭はますます混乱する。そして開けた場所に出た。その場所には一人の男と焼け焦げたなにかがあった。
「ひっ……!」
私の口から小さい悲鳴が漏れる。なぜならその焼け焦げたなにかは人に形をしていたからだ。
(あれって……人の死体! 嘘……!)
予期せぬものを見たことで私はパニック状態に陥る。
「誰だ!」
私の悲鳴を聞いたのか男がこちらを振り向く。
(こ、殺される!! ここにいたままじゃ死ぬ!)
咄嗟に私は来た道を全速力で走って戻る。立ち止まってはいけないことはなんとなく分かった。
運動部でもない私は全力疾走をすればすぐにばててしまいそうだったが全然そんなことはなかった。殺されかけている恐怖からか疲れはまったく感じない。
「きゃ……!」
しかし走ることに慣れていないのが祟ったのだろう。必死で逃げていた私は躓いて転んでしまう。
「ヒヒヒ、追いついたぜえ……」
下卑た笑いを上げながら、男が私に迫ってくる。
「手間取らせやがって。せっかく誰もいないところで殺しを楽しんでいたのに。あんなところを見られたら生かしておくわけにはいかねえなあ。さっさと死んでくれ」
男は右手に炎を生み出して私に迫ってくる。私は必死に逃げようとするが恐怖でうまく立ち上がれない。
「嫌……!」
思わずそう叫んでいた。叫んだところでどうにかなるわけでもないのだが叫ばずにはいられなかった。
「ははは! いい悲鳴だ。やっぱり女の悲鳴は最高だぜぇ!」
私の悲鳴が面白かったのかその男は高笑いをする。こんなに馬鹿にされてなにもできない自分が悔しかった。
「それじゃさよならだ。おとなしく死んでくれ」
自分の手に生み出した炎を私に向かって放とうとする男。私は恐怖から目をつぶってしまう。
「そこでなにをしている」
そこに突然、声が響き渡る。私のものでも男のものでもない。冷たく底冷えするような声だった。
男も私への攻撃をやめて声のしたほうを見る。そこに立っていたのは黒髪の冷たい青い瞳で男を見ている一人の青年が立っていた。
それは私が先ほど助けた青年だった。
「あ、あなたは……! どうしてここに」
「ん、ああ、またあったな、女。さっきはいろいろと教えてくれてとても助かった。で、今お前はその男に襲われているという状況でいいのか?」
彼の問いに一瞬、私は固まってしまうが気を取り直して答える。
「う、うん。その人がひ、人を殺すところを見てしまって……そしたら私を殺そうと追ってきて……」
「ほう。口封じに殺しとはまた芸がないな。まあ見るからに下品で品性がないから無理もないか」
放たれた挑発的な言葉に男が半ギレになりながら青年のほうを見る。私に向いていた敵意が彼に向けられていた。
「なんだ、てめえはさっきから。邪魔をするならお前も殺すぞ」
「クク、フハハハ。今時物語で消される役でもそんなことは言わんぞ。ただまあ、その娘には世話になったからな。危機にさらされているのなら世話になったお礼に助けるのが相手のあるやりとりでの義務というものだろう」
「調子に乗りやがって! よし、決めた! お前から殺してやるぜ!」
男は完全に今のあおりで頭にきたのか、標的を完全に青年に切り替えたらしい。
「死にやがれ! このすかした野郎め!」
手のひらに生み出した炎を青年に向かって投げつける。青年のほうは特に慌てた様子はなく、悠然とそこに立っていた。
「なにしてるんですか!? 早く逃げ……」
「そう騒ぐな、この程度の攻撃どうということはない」
青年は私の言葉にそう返すと投げつけられた炎をあっさり避けるとそのまま男に向かっていく。
「な、なに!!」
避けられると思っていなかったのか男が慌てる。
「ほら、どうした。こんなものなのか、だとしたら本当に対したことがないのだな」
相手をあおるような言葉を吐きながら青年は男に近づき、顎を蹴り上げる。
「があ……!」
顎を思い切り蹴り上げられて男が後ろによろめく。青年はそれを不敵な笑顔を浮かべながら見つめていた。
「ククク、ほら立て。最初の威勢はどうした、もう終わりなのか? だとしたら興ざめだな」
「お、お前は一体……! なんなんだ、今の俺をこんな簡単にあしらうなんて! 転生者である俺がこんな簡単に……!」
「ほお、お前も転生者だったか。ちょうどいろいろ聞きたいこともあったのでな。少し締め上げて吐かせるとしよう」
「調子に乗るなあ!!」
完全に頭に血が上った男は青年の挑発に乗ってしまい、雑な動きのまま殴りかかる。
「そんな雑な動きじゃ当たらないぞ」
余裕で男の攻撃をかわす青年。男はさらに追撃するも青年には当たらない。
「この野郎!!」
「ふむ、飽きてきたな。そろそろ終わりにしよう」
殴りかかった男の攻撃をかわした青年は男の腕を掴んで背負い投げの要領で地面に叩きつける。
「があ!」
呻き声を上げて地面に叩きつけられる男。青年は容赦せず叩きつけた後、彼の背中を踏みつけた上で腕をひねり上げ動けないようにした上で問いかける。
「いくつか質問に答えてもらう。お前のようにこの現代で人間に害をなそうとする転生者は他にいるのか?」
冷たさを孕んだ声で青年が問いかけると男が怯えながら彼の質問に答え始めた。
「ひい……い、いる。他に好き勝手やってるやつらは他にもいっぱいいる!」
「どこの誰だ? お前に口ぶりだといくつかグループのようなものがあるようだが」
「そ、そうだ。ただ俺はそういうのが嫌で自分の力で好き勝手にやってたから今どんな奴が行動しているのかまでは知らねんだ! だからもういいだろう! 今後もうこういうことはしねえ! 見逃して……」
「なんだ、なにも知らないのか。役立たずめ。ならばもう一つの質問だ。先程お前は炎を自ら生み出していたな。あれはなんだ?」
「あ、あれは転生者が使える能力って言っていた! 俺がいたグループの奴らはスキルって呼んでた、なんでも転生者には一つそういった能力が備わっているらしい!」
「ほお」
青年はその情報に興味を持ったらしく、さらに質問を重ねていく。
「では転生者は皆そのスキルとやらを持っていると?」
「あ、ああ、奴らはそう言っていた! 人によって発現するスキルは違うともな! なんでも転生前にもっとも得意としていた魔法や本人の精神性が影響するらしい。 も、もういいだろう。俺は今回のようなことはもう二度としねえ! だから見逃してくれ!」
「そうだな、要は済んだ。俺もお前の顔などもう見たくないのでな。引き出せそうな情報もあるわけではないし。ただ一つ試したいことがある」
「た、試したいこと!?」
「ああ。今お前が言ったスキルとやらだ。俺はまだ自分のスキルがどういったものか知らない。だからお前で確認させてもらおう」
「ひぃぃ! や、やめてくれえ!!」
みっともなく助けて欲しいと叫び声をあげる男。だが青年はその叫びに耳を貸さない。彼の頭の中には自分のスキルを確かめるという目的しかなかった。
(こいつはどういったスキルを与えられるかについて本人の生前もっとも得意としていた魔法や精神性によって決まると言っていた。ならば俺のスキルはおそらく……)
青年は男の頭を鷲掴みにする。
「な、なにをするんだ!」
「いや、なに。お前の言っていたスキルとやらに興味が沸いたからな。さっきの説明を聞いていて俺のスキルがどんなものか想像がついたからな。ちょっとお前で試してみようと思っただけだ」
「な……やめろ!」
男の静止の声も聞かず、青年は目を瞑る。意識を集中しているのだろうか。男を掴んだ彼の手から淡い光が溢れだす。
「あ……ああああああああ!」
同時に男が悲鳴を上げる。
「な、なんだこれは! 力が抜ける……」
「やはり俺のスキルはこれだったか」
やがて放たれていた淡い光は収まった。青年は頭を掴んでいた手を放し、自分の手の指先を見つめる。するとその手に炎が灯った。
「!?」
「ふむ、やはり俺のスキルとやらはこれだったか」
「こ、これって……」
「能力の吸収だ」
「な……!」
「試しに能力を使ってみるといい。貴様はもうなにも出来んはずだぞ」
青年の言葉に男は慌てて能力を使用し、先ほどのように火を発生させようとする。しかしなにも起きない。
「う、嘘だ……そんな馬鹿な……」
「言っただろう。能力を吸収したと。貴様はもうただの人に過ぎん」
「う、うわああああああ! そんな……!」
「さてもう貴様にも用はない。手に入れたこのスキルでお前を灰にして終わりにするとしようか」
言葉と同時に青年の手に生まれた炎が大きくなる。それは先ほど男が生み出したものより立派なものだった。
「ひいいいい、やめろ、やめろ! 死にたくない、死にたくない!」
「ほう、随分身勝手なことを言う。貴様は先程あの女を殺そうとしていたではないか。そんな人間が殺さないでくれとはおかしな話だ。そういう覚悟がない人間が好き勝手やろうとしていたのは笑わせる」
青年は男の懇願に無感情な声で答え、手に生み出した炎で男を焼こうとする。
「待って」
私は思わず叫んでいた。私の声に青年は動きを止めてこちらを見る。
「待てと言ったか? この男はお前を殺そうとしていたのだぞ。そんな人間が殺されても文句は言えまい」
「で、でももうその人は悪さを出来ないようにあなたがしたんでしょう」
「この手の人間はスキルなどなくとも同じことを繰り返すものだ。ならばここで始末していたほうがいいだろう」
「ここじゃそういうの禁止!」
思わず私はそう叫んでいた。自分がこんな大声を出せるとは思わなくてびっくりしてしまう。
「とういうか私にも状況を整理させて。あなたとその人との会話を聞いていたけど……あなた達は転生者って言ってたよね。それってあなた達は別の世界の人ってこと?」
「……まあ、そういうことになるな」
私の質問に青年は少し躊躇うようなそぶりを見せたあとに歯切れ悪く答える。
「本当にそんなことがあるの? そういうの漫画とか小説の中だけかと……」
「俺自身戸惑っている。だからお前と最初に会った時には言わなかったんだ。言っても信じないだろう」
「……」
彼の冷静な私的に私は黙り込んでしまう。確かに彼に最初に会った時にこの話をされても絶対に信じなかっただろう。
でもさっきの光景を見て彼が荒唐無稽なことを言っていると笑い飛ばせるような状況でもなかった。
「まだ転生者とか全部信じられるわけじゃないけど……もし、あなた達の世界が暴力
で従えることをよしとした世界だったらこの現代の日本じゃそういったことはダメだよ。だからさっきの殺すのもダメ」
私の言葉に青年は一瞬険しい顔をする。そして私に問いかけてきた。
「この男はお前を殺そうとした人間だぞ。それでもいいのか?」
「何度も言わせないで。この日本じゃそういうことはダメ」
きっぱりと言い切ると私は二人のほうに歩いていき倒れていた男に話かける。
「あなたもこれに懲りたら二度と悪いことをしないと誓って。私ももうあなたを追ってなにかしようとも思わないから」
私の言葉に男は壊れた人形のように首を縦に振って肯定する。
「ほらあなたも彼を開放してあげて」
私の言葉に青年は渋々といった様子で男を開放する。解放された男は一目散に逃げだした。
「さてと……今度はあなたのことも聞かせてもらわないと」
私は青年に向き直る。彼も観念したようで深くため息をついたあと、
「仕方がないか。ここまで見られてしまったらごまかすことも不可能だしな」
ようやく自分について説明してくれるようになったようだ。
*
私と青年はとりあえず私の家で事情を説明してもらうことにした。私の両親は共働きで今は家を留守にしているため、誰もいない。
「それであなたの本当の名前はなんていうの?」
「前世の世界ではゼノンという名だった。今の世界での名前はまだない」
「だから前会った時名前を聞くのは勘弁してくれって」
「まあそういうことだ。少しこの世界で過ごしていていろいろ理解したことも多いがこんな名前は名乗れないだろう」
「まあ、そうね」
彼の言葉に私は苦笑いしてしまう。そりゃあんな名前を名乗ってもおかしな名前としか言われないだろう。
「それであなたはこれからどうするつもりなの?」
「そうだな、さっきの男は転生者の組織がいくつかあると言っていたな。俺はそれが気になっている。しかもそういった組織が複数あるようだからな。それについて調査していきたいと思っている」
「ねえ……」
「ん……? どうした? なにか聞きたいことでもあるのか?」
「その……あなた達転生者はあんなふうな人達ばっかりなの? あんなふうに人を傷つける人の集まりなの?」
「……そんなふうに思われるのは心外だな。まあ先程のお前の行動を見るとこの世界の価値基準で考えると気性が荒い奴らが多いかもしれん。だが決してむやみに人を傷つける者ばかりではないぞ。お前の目の前にいる俺はそういった者に見えるか?」
「……ううん」
私は彼の言葉に首を振る。確かに目の前の彼はそんなことをする人間には見えない。
「あなたがそんなことをする人間には見えないよ。そんなことをする人間なら私を助けないだろうし」
「信頼はしてもらえてるようでなによりだ。そういうわけで俺はもうここを出発するがいいか?」
彼はそう言うと席を立ちあがり私の家から出ていこうとする。
「待って!」
「なんだ? まだ用か?」
彼は私の呼びかけに振り向くと若干苛立った様子で話す。
「言っておくが俺も先ほど話したように知っていることは少ないぞ。というよりさっきの男から聞いた以上のことは知らないと思ってもらっていい」
「それは分かってる。聞きたいのは別のこと。あの男の話を聞いていると人を傷つけようとしている転生者がまだいるってことだよね」
「そうだな」
「ならその調査に私も協力させて」
私の申し出に彼は驚いたようだ。だがすぐに表情が険しいものに変わる。
「お前、自分がなにを言っているのか分かっているのか?」
「うん」
「さっきのような殺される目に遭うかもしれんのだぞ。それでもいいのか?」
「それでもあの人達を放っておいたら周りの人達が危険な目に遭うかもしれないんでしょう?」
「それはそうだが……」
「だったらじっとなんてしてられない。私もあなたに協力する。それに調査をするならどこか拠点があったほうがいいでしょう? この家、今は私しかいないからそういった場所にはうってつけだと思うわよ」
私の話を聞いていた彼はしばらく黙り込んでいたがやがて深くため息をついて観念したように首を振った。
「好きにしろ。貴様のいうことも一理ある。今の俺は拠点と言える場所がない状態だからな、ここを拠点として使用できるならありがたくはある。ただお前の命の保証はできんぞ、拠点の提供者として出来る限り守ることはするが全面的には無理だ」
「もちろん分かってる。足はなるべく引っ張らないようにするから」
こうして彼ーーゼノンと名乗った転生者と私の奇妙な共同生活が始まった。
転生した魔王様は現代日本でも無双する。 司馬波 風太郎 @ousyo
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