ネガティブ世界を笑顔に変えろ! 創設、チアリーディング部!

@MOJINEKO03

第1話

 20XX年、世界はネガティブウィルスに襲われた。生気なく鬱々とした日本を見兼ねて、ある人物が立ち上がる。


「みんなに元気と笑顔を取り戻さなきゃ!」


 さらりと髪をなびかせて、学園の廊下を颯爽と歩く彼女は、校長室の扉に手をかけた。


「光ノ下校長! 私、この高校にチアリーディング部を創設します!」


 きらっきらの背景と共に現れたのは、ポジティブ伝道師、山内日向やまうちひなた。二十三歳。周囲からヤマナイ先生と呼ばれている。本人もお気に入りの愛称だ。

 明るく前向きな彼女は、元チアリーディング選手で全日本も優勝した実力者である。

 見る人を応援し、元気を与えるチアリーディングで、鬱な人々に元気を取り戻せ。ヤマナイ先生の改革開始!



 入学式が終って一週間。うららかな春の日差しの下、生徒は浮かない顔をしている。


「すごく暗い顔……みんなには輝く未来が待ってるはずなのに!」


 俯く生徒たちを見て、ヤマナイ先生はさらに決意を固める。

 全校生徒が集合する時に使用する第一体育館を通り過ぎ、ヤマナイ先生は第二体育館に向かった。

 今は使用されていない、バレーボールの試合ひとつ行うのがやっとの、こじんまりした体育館。満足な設備もないが、まずは始められることに感謝だ。


(今はこれで十分。ここが、私たちチアリーディング部のお城になるんだから)

「みんな! おはようございます! 入部してくれてありがとう! 今日から、チアリーディング部の練習を始めます!」


 お城の扉を開けると、四人の新入生がヤマナイ先生に視線を集めた。

 全校生に声をかけて、入部に頷いてくれた奇跡の四人。嬉しさと愛しさで、抱きしめてしまいそうである。


「顧問兼コーチを務める山内日向です! 絶対に素敵な部活にするから、これから三年間よろしくお願いします! ヤマナイ先生って呼んでね!」


 生徒にも自己紹介を求めると、おずおずと手が上がる。


つばさです。私、チアリーディング詳しくなくて、本当に初めてでも出来ますか……?」


セミロングの色素が薄い茶髪に、色白な肌。ぱっちりした目と桃色の唇が愛らしく、つい守ってあげたくなる衝動に駆られる翼は、最初に入部を決めてくれた生徒だった。


「大丈ー夫! 安全第一、怪我せず楽しくやっていこうね!」

冴子さえこです。サエって呼んで下さい。怪我って……そんなに危ない競技なんですか?」

まいです。たまにマイマイとか呼ばれたりしますー。チアはよく分からないけど、頑張ります」


 ポニーテールのサエは、すらりとした長身でスタイルが良く、切れ長の目がクールな女の子だ。

 ハキハキしたサエとは対照的に、舞はどこかぼんやりしており、マイペースを極めた子である。常に寝ぼけまなこで、ふわふわしたロングヘアがよく似合っている。


瑞樹みずきです。よろしく」


 ぺこっと頭を下げた瑞樹を、ヤマナイ先生はまじまじと見つめた。

 非常に端正な顔立ちで、銀髪のボブが格好よく、ヤマナイ先生の中にある疑問が生まれる。


「あの、瑞樹……は、女の子? だよね?」

「はい、女です」

「ごめん、そうだよね! あまりにも格好いいというか、美しくて」

「ああ、いえ。全然いいですよ。中世的な顔なので、よく聞かれます」


 ふっと笑った顔がまたイケメンで、甘い王子フェイスについたじろいでしまう。

 こほん、と咳払いをして、ヤマナイ先生は話を元に戻した。


「えっと、チアリーディングについて簡単に説明するね。本番は二分半の演技構成で、大きくダンスとスタンツの二つに分かれます」

「スタンツ?」


 聞きなれない単語に、生徒四人が声を合わせて首を傾げる。


「そう。組体操っていえばイメージつくかな? 人が人の上に乗って繰り出す技で、チアリーディングはさらにアクロバットな事をするのが特徴的だね」


「へぇー」とまた声を揃える生徒が微笑ましくて、つい頬がほころぶ。何も知らない彼女たちは、これから色んなことを吸収して、瞬く間に成長するのだろう。


「スタンツをするために、各ポジションがあります。上に乗るスタンツの花形〈トップ〉、下で支えるスタンツの基盤〈ベース〉、後ろから支えるスタンツの司令塔〈スポット〉。他にミドルとかもあるけど、それは必要になった時に詳しく説明するね」


 ヤマナイ先生は、第二体育館内の入り口に置いてある機械に近付いていく。見た目はコンビニに置いてあるコピー機だが、これはヤマナイ先生が貯金をはたいて購入した物である。

 よって、所持金はゼロ。今後、備品購入には苦労するだろうが後悔はしていない。


「先生、それは?」

「ふっふっふ、これはね。万能器機のチアリンです! 翼、チアリンに手をかざしてみて!」

「え、わっ! なにこれ!」


 翼が手をかざすと、チアリンは分析結果を画面に提示する。各パラメーターと、ポジション適性が表示され、ヤマナイ先生が発表する。


「翼の適性ポジションはトップがA! ベースとスポットはDだね。うん。翼は小柄だし、名前にもぴったりだし、トップが向いてるんじゃないかな」


 難易度が高い技では、トップは高く宙を飛ぶ。翼が生えたように軽やかに美しく、スタンツをする姿を想像すれば、今から楽しみになる。

 画面を覗く翼が、基礎能力である〈筋力・体力・柔軟性・魅力・器用さ・メンタル〉欄を見て、しゅんと声を落とした。


「基礎能力はGばっかり……これって、全然駄目ってことですよね?」

「ううん、最初はみんなここからだよ! あ、それに柔軟性はDだって! 翼はトップだから、体が柔らかいと有利で、技も綺麗に出来る! 最高だね!」

「えっ、そ、そうですか?」


 恥ずかしそうに照れ笑いをした翼の頭をうんうんとなでて、ヤマナイ先生は他のメンバーもチアリンに登録していく。


「みんなを支えるスポットはサエだね! A適正で長身だし、筋力もD! 筋力が高いと技が成功しやすくなるから、すごくスポット向きだよ」


 続いて、舞と瑞樹が手をかざすと、二人ともポジション適性はベースAと表示される。


「二人はベースだね。瑞樹の基礎能力は、全部Fだ凄いね!」

「えー、自分もみんなみたいに得意なこと欲しかったな」

「バランス良くなんでも出来るって、十分特技だよ! 先生は柔軟性が全然駄目で、苦労したから……苦手なことがないって最強だと思わない?」


 褒められて嬉しそうな瑞樹の隣で、舞がそわそわと自分の番を待っているのが見える。


「舞は器用さがDだって。ダンスが得意なんだね!」

「あ、舞ダンスちょっと習ってましたー」

「え、本当⁉ 凄い! いま少し見せてもらうことって出来る?」

「いいですよー。ちょっと待って下さい。適当に音楽流します」


 バレエやジャズダンスだろうか。ダンスが上手いとなれば、即戦力だ。ドキドキしながら待っていると、想像と異なり、激しいヒップホップミュージックが流れた。


(えっ、まさかのヒップホップ⁉)


 曲がサビに入ったところで、舞が踊り始める。普段のぼんやりさんはどこへやら。キレキレの力強いダンスに魅せられる。

 サビが終わり、ポーズを決めて、舞はぽかんとしている観衆を見渡す。


「えっとー、ありがとうございました?」


 一礼した舞に、ハッと我に返ったヤマナイ先生とメンバーは拍手を送る。


「凄―い! 普段とのギャップも素敵! 先生、つい魅入っちゃった!」


 幸いにも、ポジション適性は上手く分かれてくれた。個性あるメンバーは、まるで原石。


「ポジションも決まったし、これからみんなで頑張ろう! チアリンはメンバーの能力分析の他にも、演技の構成編集とか、備品の管理も出来るから、みんな大事に使ってね」


 そうと決まれば、さっそく練習開始だ。まずはストレッチから。

 前屈ではみんなつま先に手が届かないほどの硬さだったが、いつか180度の前後開脚やY字バランスだって出来るようになる。なにごとも一歩一歩、進んでいけばいい。


「ストレッチ終わったら、アームモーションやるから先生の真似してね」


 メンバーがアームモーションの意味が分からずにいると、翼が説明してくれる。


「アームモーションは、決まった形に腕を動かすこと。チアの特徴的な動きで、これが出来るとぴったり息の揃ったダンスが出来るようになるんだって」

「翼、大正解! よく知ってるね?」

「ありがとうございます! 入部する前に調べてきました」


 翼の士気は十分だ。このネガティブ世界に負けず、育ってくれた貴重な人材に心から感謝する。


「じゃあアームモーションいくね。まずは〈ハイブイ〉。両腕を上げて、顔は真正面。視界にギリギリ両腕が見える広さで、Vの字を作ります。次は〈ローブイ〉。これはハイブイの反対で、下の位置に――」


 結局、練習初日は自己紹介と基礎練習の説明で終わってしまったが、メンバーの楽しそうな姿を見れて、大満足の第一歩だった。


* * *


 チアリーディング部設立から一週間が過ぎた頃、ヤマナイ先生は校長に呼び出されていた。そして校長からある指令を受け、ヤマナイ先生は練習場へと向かう。


「今日はみんなに重大発表があります」


 体育館に着いて早々、ヤマナイ先生はメンバーを集めた。


「学校の近くに、泥沼公園あるよね? そこでみんなの演技を初披露します!」

「ええっ初披露って、いつするんですか?」


 翼の発言を筆頭に、メンバー全員が戸惑っているようだった。それもそのはず。今はまだ基礎の形すら覚えていない状況だ。時期早々だと思うのも無理はない。しかし、そんな彼女たちに、更なる衝撃報告をしなくてはいけない。


「えっとね、明後日の日曜日」

「え、えええぇぇぇぇー!」


 四人の絶叫が、体育館にこだまする。

 創設したチアリーディング部のために、病んでいた校長が好意で活動の場を作ってくれたのである。こうして、急遽本番を迎えることになったチアリーディング部の運命はいかに。


* * *


 あっという間に訪れた日曜日。


「みんなよく似合ってて可愛いよ!」


 白色のタンクトップとスカートのユニフォームには、胸元に黒字でCHEERの文字。それぞれ頭にはリボンをつけて、金色のポンポンを持っている。

 今は予算もなく、最も安価なデザインしか選べなかったが、のちのち好きにカスタマイズ出来るというのも楽しみのひとつである。


「ヤ、ヤマナイ先生……本当にここで踊るの?」


 泥沼公園の広場で、周りを見渡したサエが困惑気味に言った。

 公園にいた人たちは、揃って暗い顔でこちらを見ている。公園に張ったテントを家にした人たちや、ボロボロの見た目で行き場もなくうろつく人々。

 誰一人として、これからチアリーディングを楽しもうという人はいない。


「うん! みんなの力で、元気を分けてあげて! さぁ、曲は先生がかけるからね! みんな位置について!」


 ヤマナイ先生は、キャスターに乗せて持ってきたチアリンの電源を入れる。

 演技スタートのボタンを押せば、3、2、1のカウントダウンのあとに音楽がかかった。

 演技開始と同時に、観衆が集まり、全体のネガティブゲージが表示された。


「ヤマナイ先生⁉ このゲージは何⁉」


 翼の質問に、ヤマナイ先生も答えが分からずにいた。しかし、演技が始まった今、彼女たちのすべきことは一つしかない。


「とにかくみんなは演技に集中して!」

「は、はい!」


 みんなはピシッと気をつけをして、腰に手を当て、待機する。そして、曲に歌詞が入ると、全員で手拍子を始めた。

 緊張しているのか、翼、サエの表情は硬い。しかし、パラメーターの魅力がFに上がった舞と、Eに上がった瑞樹は笑顔で演技が出来ている。

 綺麗に揃った手拍子。そんな演技を見て、観衆のネガティブゲージが減少していくのが分かった。


(まさか、このゲージ……演技が上手くいくと減っていくの⁉)


 少しずつ減っていくネガティブゲージ。観衆の目にも、どこか光が戻っている気がする。


「みんな! 頑張って! みんなの演技で、見てる人たちが元気を取り戻してるよ!」


 ヤマナイ先生の激励を聞いて、メンバーのやる気が上がる。

 一生懸命な彼女たちの姿に感動して、ヤマナイ先生はカメラのシャッターを切った。


(チアリンのアルバム機能に保存しておこう。大事な初披露だもんね)


 きらきらと輝くメンバー、ネガティブゲージも残りわずか。

 さぁみんな揃った演技を、と思っても、メンバーは手拍子のまま。まだ手拍子、いつまで経っても手拍子。


(あ、あれ? みんなダンスは? スタンツは?)


 そこでヤマナイ先生は気付く。慌ててチアリンの演技構成を見ると、項目は全てデフォルトの〈手拍子〉だった。


(しまった! まだ何も覚えてないからデフォルトのままだ! で、でも手拍子は揃ってるし、ゲージも減ってる)


 このままいけば、問題はないと思った矢先。

 観衆の中から、真っ黒のマントを被ったボスが現れる。ボス出る黒い靄が、メンバーがいるステージを包んでいく。

 ボスの攻撃によって、メンバーの体力が減少。ヤマナイ先生の激励も届かず、初披露は失敗に終わってしまうのか。

 そんな時、調子絶好調だった瑞樹が光を放つ。

 にっこりと愛嬌のある笑顔を見せる瑞樹。自然と周囲の視線は集まり、ボスの体力ゲージは一気にゼロになった。


「瑞樹……凄い! そっか、調子がいいメンバーはクリティカルが出やすいんだ!」


 そしてネガティブゲージもなくなった時、チアリンから「クリア」とアナウンスが出る。


「はぁ、はぁ、ヤマナイ先生どうでしたか?」


 メンバーの問いかけに、ヤマナイ先生はグッと勢よく親指を立てて答えた。


「最高だったよ! ほら、見て! みんなを見て変わったお客さんの姿を!」

「えっ、凄い! あの人も、あの人も! みんなスーツになってる⁉」


 ホームレスのような風貌だった観衆が、ぴっしりと身だしなみを整え、スーツ姿にネクタイを締めていた。


「こ、これが……私たちの力?」

「うん! みんなの笑顔に応援されたんだよ!」


 喜びを分かち合う中で、ボスだった黒マントが体を震わせ始めた。


「あ、危ない! みんな下がって!」


 メンバーを庇うように、ヤマナイ先生が間に入ると、ボスは黒マントを投げ捨てる。ボスをまとっていた黒い靄は、ぴかーんと光輝いた。


「こんなに明るい気持ちになったのは初めて……! 感動しました! 私も仲間に入れて下さい!」


 黒マントから出て来たのは、我が高校の一年生。黒髪おさげにメガネをかけた彼女は、その瞳に熱いものを宿していた。

 突然の申し出に、メンバーは少し困惑した様子でヤマナイ先生に指示を仰いだ。


「何も悩むことなんてないでしょう? あなたの名前は?」

知佳ちかです……!」


 緊張した様子で、自己紹介をした知佳を見て、メンバーは顔を見合わせて頷いた。


「チアリーディング部にようこそ!」

「今日から知佳もメンバーの一人だよ!」

「一緒に頑張ろうね!」

「入ってくれてありがとう!」


 メンバー四人に歓迎されて、知佳は驚いた様子だった。


「ほ、本当にいいの?」

「もちろん! 明日の放課後から一緒に練習しましょう! 先生張り切って教えちゃうから!」


 こうして、新たにメンバーを一人迎えて、ヤマナイ先生たちは無事初披露を終えた。


(あれ? これは……?)


 知佳が脱いだ黒マントから、パズルピースが出現する。ヤマナイ先生が拾い上げると、そこには〈NO.063 バスケットトス〉と書かれていた。


* * *


 初披露を終えた日、ヤマナイ先生は考えていた。

 徹夜で出勤したヤマナイ先生は、職員室で珈琲を飲みながら頭の中を整理する。

 そこで分かったこと。観衆にはネガティブゲージがあり、観衆の中からボスが出現する。ボスは演技の邪魔をする攻撃をしかけてくるが、演技が上手くいくと倒すことが出来る。

(そしてネガティブが消えたボスは、仲間になってくれること)

「あとは、ボスが残したこの謎のピース」

 チアリンに読み込ませることができ、ピースにかかれていた〈バスケットトス〉というスタンツ技が組み込めるようになった。

「ピースを集めて、演技構成に入れることが出来るんだ。ピースにはコストがあって、コストは経験値を貯めて増やしていかないと駄目みたい。それに……」

 ヤマナイ先生はデスク一番下の引き出しを開けると、分厚い図鑑を手に取った。

 図鑑のナンバーは200まであり、ここにピースを保管していくようだ。バスケットトスのピースはスタンツの技。

 スタンツの他にも、ダンスのモーションや種類があるらしい。

「なるほどね。ピースを貯める方法は、他にも〈学校探索〉や学校行事やメンバーとの〈イベント〉で手に入れることも出来るみたい」

 200分の1。これが今のチアリーディング部の進行度。

 立ち上がったヤマナイ先生、彼女はポジティブ伝道師。

「ふふふ。先が長くて、ドキドキが止まらない! 次の本番の日も決まったしね!」

 次の本番は、二か月後の六月。

 現役時代のツテで、地下のライブハウスに参加させてもらえることになった。練習場のドアを開けたヤマナイ先生は、開口一番にこう言った。

「みんなを笑顔にしに行こう! 地下ライブハウス〈悲しみブルーサウンド〉に出演するよ!」

 これより地域のイベントから、全国大会まで。

 地域によって変わる演技趣向に苦戦しながら、ヤマナイ先生は明るく楽しくポジティブに、チアリーディング部育成に励むのであった。


〈ネガティブ世界を笑顔に変えろ! 創設、チアリーディング部! 終了〉

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