第三章(2)

 部室で、他のメンバーを待ちながら、俺は不審に思っていた。なぜ誰も来ないんだ?

 そんな疑問が頭をよぎる中、携帯が鳴った。画面に表示された名前を見て、安堵と同時に不安が襲ってきた。古泉からの電話だ。

 

「もしもし、古泉か?」


「ご機嫌いかがですか?キョンさん。実はちょっとした非常事態が発生してまして、閉鎖空間の対応に追われているんです。今回のやつはいつにも増して、とんだ暴れっぷりです。そのうえ数も多い。まるでパンドラの箱でも開けてしまったかのようです。いったい何をしてくれたんですか?」


「いや、俺は別に何も…」


 古泉の声はいつもの落ち着いたトーンを保ちつつも、その背後には明らかに慌てている様子が感じられた。


 閉鎖空間。ハルヒの不満が爆発した時に暴れる巨人たち。

 そいつらが町を平らげていったら世界が滅ぶってんだから、当然か。

 それにしたってだ。一体全体、何が起こっているんだ?


「すみません、ちょっと長門さんに代わります。」


 電話の向こうで雑音がして、長門の声が聞こえてきた。


「校内に異世界ゲートの出現を確認。対応に時間がかかる」


 異世界ゲート。これは異世界へ行く話じゃないんだ、この前の黒い穴のことでまちがいない。


「ゲートって……この前、あのドラゴンが出てきた穴だよな? 長門、大丈夫なのか?」


「……………」


 長い、長い沈黙。


 こいつの無言はいつものことだが、電話口てやられると流石に心配になってくる。仮に大丈夫じゃないって言われたって、俺にどうできる訳じゃないって解ってるはずなのにな。


「長門?」


 俺は訊いた。かえってきたのは、ただ一言、


「答えはいつも、あなたの中にある」


 その言葉を最後に、電話は切れた。俺は深く考えこむ。


「異世界…異世界…」とつぶやきながら、記憶をたどってみる。


 つっても、座りこんで黙然と長考するのは長門や古泉の役目だ。


 俺はハルヒが戻ってくる見込みのない部室を後にし、校舎内を彷徨い始めた。




 廊下には西日が射していた。


 オレンジ色と緋色の中間の、微妙な色に染め上げる。


 こうして校舎内を当て処もなく歩いていると、不思議と思い出すのは、去年の冬、クリスマス前のことだ。


 長門が眼鏡を掛けた文学少女のままでいた、あの別な世界。あそこで大人しくしてりゃ、それはそれで平凡かつ平和な人生を送れたのかもしれん。


 でも、俺はこれを、この世界を選んだ。

 もしあっちが俺にとっての異世界だったとしたら、俺はそれを否定したんだ。


 その代わりに、何を選んだのかって?


 俺の足は、いつの間にか教室に来ていた。いま使ってる教室じゃあない。涼宮ハルヒとはじめて出逢った、あの場所だ。


 もう誰もいない、無人の教室へ入ってみる。

 我ながら黄昏れちまってるようで、あの頃、使っていた位置にある机に座った。


 俺が涼宮ハルヒを初めて知ったのは、高校に入学した春の日。


 期待? いま考えると、それなりにあったさ。でもま、どっか諦めてもいた。


 どうせ、オモシロイことなんて、何も起こらない。そう思ってた。自分がどこまでも普通なフリして、そういう勇気もあるさと自分を騙して、その実ただただ諦めてたんだ。


 そんな、それまでの常識が吹っ飛んで、何もかもが変わったのは、俺につづいて1人の女子が立ち上がり自己紹介した時。

 忘れもしない。あの日、あいつは、こう言った。


「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、、、、、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」


 ――そうだよ。そこには「異世界人」が入っていた。涼宮ハルヒは、最初から異世界人がやってくることを求めていたんだ。なんで誰もそれに気づいてやれなかった? これが、全ての始まりだったんだよ。


 俺が、もう俺の物ですらない椅子から立ち上がり、教室を飛び出そうとしたその時、廊下の向こうから女子生徒が駆けてくるのが見えた。


「キョンくん、ここにいたんですね!」


 我らがSOS団のアイドル、朝比奈みくるさんだ。


 俺は、はたと気がつく。俺がこれからすべきこと。そして、それには多分、朝比奈さんの力が必要だってことに。


 次回につづく。

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