第三章(1)

 第三章


 こうして考えてみりゃ今回の件、はなっから見過ごせる問題じゃなかった。


 あの日、書店にファンタジー小説が溢れかえっていたことに始まり。

 俺の下校中、ドラゴンらしきUMAユーマの出現。

 谷口はともかく、国木田にまで及ぶ空前の異世界ブーム。

 キミドリさんという、生徒会役員まで警戒しているという異例の事態。

 そして鶴屋さんの居残り実験中に発生した、魔法としか思えない珍妙フカシギな発光現象。


 いくら奇妙キテレツ摩訶不思議に慣れてる俺たちだって、これほど立て続けに起こるフシギは異例としか言いようがない。


 これに比べたら、今まで起こってたのはまだ誤魔化しの効くレベルだった。あいつの引き起こす非日常に巻き込まれるのは俺たちSOS団が中心。よその奴らはなんにも気づかないで平和に過ごしてるってことがほとんどだった。が、これは違う。


 つまり今回は、ハルヒの望みが、外の世界へまで波及しているってことだ。それがハルヒの力が強くなってるせいなのか、はたまた別な要因によるのか、そのあたりは不明だし俺には興味がない。


 だが、どんなに異例だって今回の事件には共通項が一つある。そう、異世界だ。


 我らがSOS団の部室に来るまでには、俺の中で決然たる意志が固まっていた。ハルヒを止めなければならない。そんな思いを抱きながら、扉を開けた。


 部屋に入ると、そこには相変わらず異世界ファンタジー小説の執筆に没頭するハルヒの姿があった。


「キョン、ちょうどいいところに来たわね! この小説の展開、二つのアイデアで迷ってるんだけど、どっちがいいと思う?」


 そう言って、ハルヒは俺に二つの選択肢を示した。一つは『主人公が伝説の剣を手に入れて、王国を救う』というもの。もう一つは『主人公が実は異世界の王族の血を引いていて、その運命に立ち向かう』というものだった。


 ハルヒの熱意に圧倒されながらも、俺は半ば苛立ちを隠せずにいた。


 なんでこいつは、こんなにも異世界に夢中になってるんだ?

 以前は違ったはずだ。涼宮ハルヒといったら宇宙人と未来人と超能力者。そう言えるくらいに、空間の彼方、時間の行く末、超常的パワーの爆発にえらくご執心だったと記憶している。


 ところが、今はどうだ? こいつが飽きっぽい性格なのは知ってるが、世の中にゃ投げ出して良いもんと悪いもんがある。だってよ、そりゃそうだろう? それなら長門は、朝比奈さんは、古泉はなんだったっていうんだ? 新しいもんに夢中になるのはいい、いかにもこいつらしいぜ。だけどな、いままで頑張ってきたモンを全部ほっぽり出しちまうのは、俺がなんだかんだで信じて付いてきた凉宮ハルヒと違いすぎやしないか?


「なあ、ハルヒ、」

 もう我慢の限界だった。俺なりに抑えてはいるが、隠しきれない苛立ちを滲ませて、


「お前は最近、なんでそんなに異世界に夢中なんだ? 昔は宇宙人と未来人と超能力者のことばっかりで、異世界になんて、、、、、、、これっぽっちも、、、、、、、興味がなかった、、、、、、、だろ」


 その一言で、ハルヒは瞬く間に表情を変えた。


 まずは、大きく目を見開く。ハッとしたような……とても大事なことに気付いたような表情だ。


 だけど、次には。いきなり高角度へ眉尻を上げ、目を逆三角形にして、見てくれのいい顔を台無しにしやがる。不動明王像とにらめっこしたら、向こうが逃げ出すんじゃないかってくらいの迫力だぜ。


 驚きから怒りへ変わるその表情を見て、俺は何か言い過ぎたかと思ったが、もう遅かった。


「……そんなことないわ!! あんたにあたしの何がわかるっていうの!!」


「待てよ、ハルヒ、ちょっと話を…」


 それ以上わめき散らすことなく、俺に背を向けたのは成長と考えるべきなのか。


 ハルヒは部室を出て行ってしまった。扉が閉まる音が、いつになく激しく響いた。遙か昔、恐竜を絶滅させた隕石が地球に落下した時にも、こんな音が響いたのかもしれない。


「どういうことだ……?」


 その場に呆然と立ち尽くす俺。


 あいつのやりたがってることを止めたんだ。ハルヒの性格からして、怒るのは想像に難くない。けど、あまりに激しすぎやしないか?


 突然に異世界一色に染まっちまった現実世界。そしてハルヒが見せた、烈火のごときあの怒り。これには何か、深い理由があるような気がした。


 やれやれ、一体どうしたもんかね?

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