第二章(2)

 朝、いつものように登校していると、俺は谷口や国木田と合流した。谷口が最新のゲームの話で盛り上がっている間、国木田は最近読んだ本の話題で話を持ちかけてきた。まあ、平和なもんだ。


「ってわけで、次の休みにはみんなでゲーム大会だな!」

「それもいいけど、キョン、最近読んだこの本すごく面白いからおすすめするよ」


「はは、また変わったの読んでるんだな。……ッ」


 俺が息を呑んだ理由は、お察しの通り。国木田が手渡してきた本を見て、俺は『また異世界か…』と心の中でつぶやく。


 一体どうなってるんだ? 国木田が読んでる本も、ハルヒの最近の傾向と同じだ。まさかあいつの願望が、こんな所へまで波及してるっていうのか?


 そうや。テレビの番組欄も、貼られてる宣伝のポスターも、最近は異世界ばっかが増えてきている。この町は、いや、この世界は前からこんなだったか? それらの事実が俺の中で小さな恐怖となって、じわじわと広がっていく。




 そんな会話を交わしながら教室に着くと、涼宮ハルヒがいつものように元気よく話しかけてきた。


 窓から差しこむ朝の日ざしに、にこやかな顔が照らし出される。


「キョン、あたしの異世界ファンタジー小説、順調に進んでるわよ! とうとう感想が付いたの。ブックマーク登録もされてるし、やっぱり解る人には解るのよね」


「そうか、よかったな」


 おおかた〈機関〉の差し金だろうが、それでこんなに機嫌がいいなら単純なものだ。この調子で早いとこ完成させて、また平和になってくれりゃいいんだが。


「……そういえば。こないだ有希が部室に来なかったのって、またコンピューター研に手伝いを頼まれたせいだったんだって? あの子がパソコンに詳しいのは分かるけど、あんまり面倒かけないでって部長に言っておいて頂戴。あんまり頻繁だとレンタル料を取るわよって」


 そういうことになってるのか。確かに、言い訳としては自然ではある。


 しばらく登場もしてないのに口実にされるとは、あの部長氏は損な星巡りの下にあるようである。


「解った、伝えておくよ」


 ☆★☆★☆★☆


 で、放課後。


 俺が一人で廊下をSOS団部室へ向かっていると、生徒会役員の一団が前からやって来た。見かけはいかにも生徒会長然とした、冷血眼鏡の男子学生。彼を先頭にしているのですぐそれと見分けがつく。


 そこで、ちょっと予期せぬことが起こった。


 その一団とすれ違いざま、生徒会役員の中から、キミドリさん(本名は黄緑江美里っていうんだが、まぁ分かりやすくこう呼んどく)がそこを離れて接触してきたのだ。彼女はいつも通り穏やかな口調で、しかし内容は全くもって穏やかではなかった。


「キョンさん、ちょっとお話ししてもいいですか? 最近、学校内で少し異常な騒動が起こっているんです。それを私、長門さんたちと協力して誤魔化しているんですよ」


「えっ、本当ですか?」


 なんで彼女と、こんな普通じゃない話をしてるのかって?


 黄緑江美里さんもまた、普通の人間じゃない。何を隠そう、彼女も長門有希と同じ超人類、否、ヒューマノイド・インターフェースなのだ。


 しかし、彼女の役割はあくまで長門のオブザーバーらしい。だから普段は、俺たちに直接接触してくることはなく、せいぜい擦れ違ったら会釈を交わす程度だ。


 それが、こうして俺に話しかけてきている。いま起こってることは、そんなに異常事態なのか?


「でも、ハルヒの小説は順調に進んでるって……」


「はい、そうなんです。ですが、いくつかの現象はハルヒさんの意識とは無関係に起こっているようです。長門さんもその点を調査しています」


 それで最近、あいつは別行動が多かったのか。いつものことだが、長門は自分がやってることを滅多に説明しないからな。


 その事実に俺は焦りを感じつつ、何か大きなことが動いているのを感じざるをえなかった。キミドリさんからの情報提供は、これまでハルヒが引き起こしてきた非日常とは一線を画すものだったからだ。


 そうだろう? 俺たちSOS団は、張本人のハルヒを除いて、地球上の物理法則がねじ曲がってるのを何度も何度も見せつけられてきた訳だが、そこに生徒会まで乗り出しているというのは、前代未聞と言わざるをえない。


 だってのに「騒動ってどんなことがあったんですか?」という俺の質問に、彼女は「キョンさんは気にしないで下さい」の一点張り。

 長門とキミドリさんが何を誤魔化しているのか、そしてそれがハルヒの小説の進行とどう関連しているのか、かえって気になっちまう。


 その俺の心理は、長門や朝倉涼子よりだいぶ人間味をかんじるこの人には察せられたらしく、


「ご心配なく、この件には長門さんと私でしっかりと対応しますから。ただ、キョンさんも周りの様子には気をつけてくださいね」


「ああ、ありがとうございます。あいつにも、あまり無理するなって伝えといて下さい」


 黄緑江美里さんは階段の前で待つグループの元へ、早足で去っていった。


 何がどう繋がっているのか、てんで見えてこないが、かれこれ1年間ハルヒの面倒をみせられてきた俺としては、世界の、とまで言わんが、俺たち自身の平和を守るためにも真相を知る必要がある。


 面倒?


 違うか。あいつのすることを、ちょっとでもオモシロイと思っちまった俺としては、だ。

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