第一章(2)
休日の朝、俺たちSOS団はいつもの駅前で待ち合わせた。
ハルヒの新たな命令は、書き進めているWEB小説のトレンドを探るため、近くの本屋に繰り出すこと。ま、大体そんなところだろうと思ったけどな。RPGを求めてゲームショップって線もあったが、安上がりな方で助かったぜ。
目的地に到着すると、ハルヒは早速異世界ファンタジーの棚に直行した。
「これ見て! 異世界ファンタジーだらけじゃない!」
確かに、その棚には異世界ファンタジーの本がぎっしりと並んでいた。ハルヒは興奮気味に本を手に取り、その勢いのままに他の団員にも「いい、どれがいいか選ぶのよ? いま私が書いてる小説の為になるようなものを選びなさい」と一冊また一冊と押し付けた。断るとまた面倒なことになるので、俺は渋々その指示に従った。
「で、どんな小説を書いてるんだ?」
「秘密! あんた冒頭を見たでしょ? あれをヒントに考えなさい」
なんて無茶振り。やれやれ、これが終わったら、ひとしきり平穏が戻ってくれればいいが。
しかしその時、長門が入り口付近で立ち尽くしているのに気づいた。彼女はいつものように静かで、何かを考えこんでいるようだった。
変だな、本好きな長門なら喜びそうなものだが。そういえば、あまり本屋に来たことないんだっけ? 市民図書館なら貸し出し用のカードを作ってやったことがあるけど、あっちで足りてるのかもしれないな。
見れば古泉も、俺の隣で動きを止めていた。サスペンスドラマのくたびれた探偵のように顎に手を当てて、
「キョンさん、ちょっとおかしくありませんか? 以前この書店に、こんなにも多くの異世界ファンタジー関連の本があったでしょうか?」
俺は本棚へ目をやって、その前に積み上げられた本の山を眺めた。〈ヒーロー勇者の帰還〉とか〈異世界農園物語〉といったタイトルが目に入る。どうやら異世界へ行っても、人生の問題からは逃れられないみたいだ。まあ、転生先で農業するのも一興か。この棚だけ見ても、もはや異世界は特別なものではなく、新たな日常になったらしい。
「そうだな、確かに多いが……こんなもんじゃなかったか?」
ちょうどその時、遠くでハルヒが朝比奈さんに新たな命令を下しているのが見えた。どうやら漫画コーナーのようだ。あちらも、異世界関連のマンガで溢れかえっている。
「みくるちゃん、これも買うのよ! あなたが持ってるそのカゴ、まだまだ入るわ!」
「えっ、でも、こんなにたくさん…?」
ハルヒの無茶苦茶な注文に、朝比奈さんは困惑しながらも、何とか彼女の要求に応えようとしていた。それを見て、俺はため息をついた。『ハルヒ、お前はいつになったら落ち着くんだ?』と心の中で思いながら、俺は再び長門の方を見た。彼女はまだ同じ場所に佇んでいて、何かを感じ取ろうとしているようだった。
さすがに気になって、近づいて声をかけた。
「長門、大丈夫か?」
長門はゆっくりとこちらを向いた。その瞳には、いつもとは違う種類のハイライトが宿っているように見えたが、こいつが何を考えているのか完全に解った例しはないから、考えすぎかもしれん。
そのまま眺めていたら、長門はおもむろに歩きだして本屋の奥へ行ってしまった。そっちは今日の目的とは、なんも関係ないんだが。
「こんなに異世界の本がいっぱいあるなら、楽勝な気がしてきたわね? 書籍化なんてケチなことは言わないわ。目標はベストセラー入りよ! 私たちの作品が、アニメやドラマになって放送される日も近いわ」
俺たちのような高校生でなくても、まず無茶な目標を掲げるハルヒ。まあいつものことだ。その前に飽きがきて懲りてくれればいいが。
というか書いてるのお前だけだろ、いつから「私たちの作品」になった?
とはいえ、また団員全員が何か書かされることになると困るんで黙っておこう。この分なら、今回はアイデア出しに付き合わされる程度で済みそうだ。いままで俺たちがくぐり抜けた死地に比べりゃ、気楽なもんさ。
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