第一章(3)
家に帰る道すがら、俺は自分がなぜこんなにも異世界ファンタジーの本を抱えているのか、その理由を考えていた。
タイトルを一つ一つ眺めるたびに、頭の中でため息が漏れる。〈魔法図書館アレクサンドリア〉だの〈スライムで何が悪い!〉だの、昨日までの俺の人生には全く関係なかったはずの本ばかり。
これも全てはあの涼宮ハルヒのせいだ。異世界についての小説を書きたいだなんて言い出したからには、あいつの中で最優先事項がまた変わってしまったのだろう。
ちっとは人類の、とまでは言わんが、せめて俺の苦労もねぎらって欲しいもんだぜ。もっとも、あいつの口から御苦労様なんていう丁寧な感謝の言葉が出てきた日には、新型インフルエンザにでも罹ったんじゃないかと本気で心配になるが。
「もう帰ったの、お兄ちゃん?」
玄関で俺を出迎えたのは、いつも通り元気いっぱいの妹だ。その無邪気な目が、俺の手にある本に釘付けになった。
「わぁ、これ全部私の?」
「別にお前のために買ったわけじゃないんだが、気になるなら読んでいいぞ。ただし、俺に読んでくれなんて言うなよ? 今日はもう異世界の話はうんざりなんだ」
俺はやむなく答え、抱えていた本を下ろした。俺だけじゃ一冊たりとも読まずに終わる可能性があるから、ぜひ有効活用してくれ。
俺たちがホームドラマの一コマになりそうにもない日常を演じていると、シャミセンがのんびりと部屋に入ってきた。
テーブルの上に跳び乗り、王様にでもなったかのように堂々とした態度で本を一冊一冊眺め始める。「にゃー」と一声。こいつの鳴き声には、いつも何かを語りかけるような
「シャミセンまで、この状況がおかしいってことに気づいてるのか?」
俺は思わず口に出してしまった。本の一つ、ドラゴンが表紙を飾るものに、特に興味を示しているようだった。
妹は笑いながら、別の本を手に取る。「この本、猫が話すんだって!シャミセン、これ君の話ー?」妹は本をシャミセンに見せつけるが、あいつはただ優雅に頭を反らせただけだ。
俺もソファに腰掛け、適当に近くにあった一冊を手に取り、ページをめくってみた。
魔法の王国の王様になる高校生の話なんて、まさに涼宮ハルヒが好きそうな設定だ。
しかし、読み進めるうちに、なぜかその話に引き込まれていく自分がいた。『やっぱり、異世界の冒険も悪くないかもしれないな』と、俺は心の中で苦笑いを浮かべた。
その時、シャミセンがスッと俺の膝の上に乗ってきて、本を覆うように寝転がった。
「読書時間終了か」
シャミセンを撫でながら、俺はふと思った。ハルヒの異世界への憧れがどういう形で表れるのか、それは誰にも予測できない。
だけど、その時が来たら、また俺たちは何とか乗り越えていくんだろう。この分だと、今回は大したこともなく過ぎそうだけどな。
その時だ。まさか、どこかに俺の油断を図るセンサーでも仕仕掛けられてるんじゃないだろうな?
シャミセンは、急に何かを思い出したように顔を上げると、俺に向かって、
「異世界とは、想像を超えた場所。彼女の心が望むなら、その扉はいつでも開かれよう。しかし、その扉を開けることの意味を、真に理解している者は少ない。異世界の知識は、それを知る者の心をも変えてしまうのだから」
まるで古の賢者のように語りだし、それだけ言うと再び眠りに就いた。
俺はシャミセンを見つめたまま固まっていた。
「? お兄ちゃん、なにか言った?」
「いや、何も。隣の家で、テレビが大音量で掛かってるんじゃないか?」
しらばっくれられただけでも、俺のスルースキルはここ1年で格段に向上したらしいね。
実を言うと、シャミセンが人間の言葉をしゃべるのは今日に始まったことじゃない。だからって、まさか普段から人語を話すトンデモ猫を家に居候させてるはずもない。
以前シャミセンがこんなふうになったのは――そう。
あれは涼宮ハルヒが、文化祭で上映する映画制作に夢中になってた時だ。宇宙人と、未来人と、超能力者の。
その時と似たようなことにならないでくれよと願いつつこの日は布団に入った訳だが、それが無駄だったことは、もはや語るまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます