第一章(1)
常識というのは勝手なもので、ずっと常識だと言われ続けていたことが、別な時間や場所に言ってみると目も当てられないほどの非常識だったりするわけだが、さて、俺たちの間では当たり前になっていることを、一体、どう説明したものだろう?
『宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい』
この北高に入学早々、自己紹介の番にそんなことを言い放った女がいる。涼宮ハルヒだ。
それからハルヒは、北高にSOS団(世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団)なるものを立ち上げ、あいつが求めていた通りのメンバーが、続々と集まってきた。
長門有希は宇宙人で、朝比奈みくるは未来人、古泉一樹が超能力者だったというわけだ。
しかし、当の涼宮ハルヒはそのことに一切、気づいていない。
自分の身近に、宇宙人、未来人、超能力者がいることを、あいつは1年以上が経った今でも、いまだに知らない。
なぜか。本人がそれに気がつくと、世界が大変ヤバイことになるからだ。
普通は信じられないだろうが、涼宮ハルヒの願望やら意志やら何やかやが、世界に馬鹿デカい影響を与えちまうらしい。ハルヒが無意識に『こう』と思ったことは、本当に現実になっちまうんだ。
信じられないだろう? 俺も最初は信じられなかったさ。けどな、あいつの周りで物理法則かねじ曲がり、時間を逆行し、異空間が出現しているのを目の当たりにしたら、これはもう信じないでいる方が無理ってもんだ。
ヘンテコで妙チキリンなことさえ言ったりやったりしなければ普通の美少女で通るはずの涼宮ハルヒは、その実、大変ケッタイで尊大かつ宏壮な美少女なのである。
とはいえ、それは他人が見たらの話だ。
俺にとっての涼宮ハルヒは相変わらず、クラスが同じで、クラブも同じ、そろそろ腐れ縁になりつつあるなんとやら、なんだけどさ。
☆★☆★☆★☆
「ちょっと!」
翌日。
「全然、ポイントが付いてないじゃない! ゼロよ、0! 信じられる?」
断るまでもないと思うが、ハルヒが激怒しているのは例のWEB小説のことだ。
あれから24時間が経過したものの、当然というか何というか、ハルヒの作品に反応を示す者はなかった。
「ったく……みんな何やってんのかしら。あたしが自ら書いた力作なのよ。
あたしの書いた文章を読むよりも、大切なことが他にある?」
独り言で、ハルヒの本音が漏れているが、聞き慣れている俺たちとしては別に驚くべきことは何もない。アクセスカウンターがほとんど回ってないことも含めてな。
「昨日ネット上にアップして、1日しか経っていませんからね。
まだユーザーの目に付いていない、というだけでしょう。そのサイトに投稿されている作品は、沢山あるようですし」
「ふぁい。いっぱいあって、ちょっと見てるだけで目がチカチカしちゃいました……」
とりあえず思いついたようなこと言ってる古泉はともかく、朝比奈さん、それは現代人には厳しいのでは?
それとも未来では、電気で光るスクリーンを見なくていいのか。早いとこ人類をAO機器の与える現代病から解放してほしいね。
「そのくらい解ってるわよ。でもね、ちょっと頑張れば、そこそこ評判になるのが私たちSOS団のスゴいところじゃない?
それが私たちの実力というか、クオリティー……そう、SOS団クオリティーなの。ここのホームページ作った時だって、もうちょっとカウンター回ってたわよ」
お前が朝のトイレに籠もってるついでに書いたような小説モドキを、勝手にSOS団クオリティーにするな。しかも「ちょっと頑張れば」と来やがった。
水の上だけ眺めてれば優雅に見える白鳥のごとく、見えないところで必死にバタ足してる俺たちの頑張りは伝わってないのか。というか、
「あのホームページと一緒にするもんじゃない。あの時だって、俺たちは大変な目に――…っ」
そう言いかけたところで、俺は口を噤んだ。
一瞬、古泉と朝比奈さんがピクリと、長門がパチリと瞬きをして反応して見せたが、それだけだった。
ハルヒからは特に反応がなく、よく聞いてなかったようだ。マウスをポチポチしながら、デイトレーダーが買った銘柄の価格が下がっているのを見る時のような難しい顔で画面と睨めっこしている。
――現在、SOS団のホームページは、ハルヒが描いたロゴを貼り付けたトップページがあるだけというお粗末なものだが、開設後まもなく2万ヒットものアクセス数を記録した。
だが、これには裏話がある。
この学校の生徒会役員でもあるキミドリさんが、はじめてSOS団に相談にやって来た。曰く、彼女の彼氏であるコンピューター研の部長が行方不明であるとのこと。
しばしばハルヒによって酷い目に遭わされているコンピ研の部長氏は、奇妙なカマドウマのような巨大生物のせいで増殖したリンクをクリックしてしまったらしく、サハラ砂漠のような意味不明な異空間へ飛ばされてしまったのだ。長門と古泉によるRPGさながらの戦闘により、巨大カマドウマを退治して、無事、部長氏も救出することができた。こういうのは、ハルヒに知られるとマズイ部類の話に入る。
何を言ってるかよく解らないって? 大丈夫だ、俺もよく解ってないから。
「こんなところで悩んでたって、埒が開かないわよね。これはこのまま放置よ」
ハルヒはパソコンのブラウザを閉じ、電源を落とした。
「そう言ってる間に、続きをアップロードしたらどうなんだ? 昨日、ここで書いてただろう」
「そんなのは、もっとアクセスが増えて、高評価が付いてからでいいのよ。こんなんじゃ、公開する気にもならないわ」
そうなる保証はないだろ。せっかく書いた分を温めておく必要はないんじゃないか? 鶏のタマゴでもあるまいし。
「あのホームページだって、しばらく待ったらアクセスが増えてたじゃない?
ま、あんたがみくるちゃんのエロい写真をアップするの止めなければ、もっと早く増えてたと思うけど」
あんな写真を上げようとしてるのを見て止めないでいられるか。こいつの辞書には肖像権という言葉はないらしいからな。
「そんなことより、明日は休みだったわね?
みんな朝の10時、いつもの駅前に集合! あ、財布を持ってくること。中身は余裕を持ってね」
それだけ言うと荷物をまとめて部室を出ていく我らが団長。答えを聞かないのは、我々への信頼ゆえであると思いたい。
やれやれ。でも、なんだかんだで久しぶりな気がするな。SOS団、久しぶりに町へ出発だ。
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