2話:泥棒と強盗
(さて、この人が…)
窃盗未遂の容疑者らしい、が。
船長は、真っ青な顔で罪人のようにうつむいた少年を見下ろした。丸メガネに丸い目、ボサボサのまま伸びた髪にしわくちゃの服… この少年には尋問よりも保護が必要なのでは、という印象を受けてしまう。出したコーヒーにもまだ手を付けず、顔色は白かったり赤かったり青かったりと忙しい。言いたいことが100あれば一つ言い出せるかどうか…といった性格だろうか。
未遂と言うからには、泥棒には失敗したのだろう。被害者の乗客からは助手が詳しい話を聞いているが、『このガキをこっから放り出せ』とか何とか言って大変イラついていたそうだ。
相当お金に困ってるのか、などと呑気に考えてるうちに、少年がやっと顔を上げた。
「お、お願いです、船長。あ、危ない、です。ここ、いや、この宇宙船…」
ぐちゃぐちゃになった言葉よりも、はじめて視線が合ったその目に圧倒されてしまう。こんな、狂気にさえ見えてしまうほど切実な目をした人々を知っている。誰一人、言葉を聞いてくれない時間を通ってきた人たちだ。
驚いた船長に向けて、少年はこう言い放った。
「あの人、…じゅ、銃、を…、持ってたんです…!」
(銃の持ち込み…か)
助手にメッセージを送り、船長は再び少年を見る。「連絡は入れておきました」と報告しても、ちっとも安心した顔にはなっていない。
こんな古い宇宙船でも、搭乗口にセンサーくらいは設置されている。護身用の小型武器ならともかく、銃器を検出できないことはないはずだ。なんたって宇宙船という閉鎖空間の中で騒動が起きては手の付けようがない。そんな理由から宇宙船の責任者には銃が許可されることもあって、船長と助手も一応銃を持ってはいる。使うことなど、ほとんどなかったけれど。
見間違いの可能性は高い。
が、もう一つの可能性があった。疑いの念は伏せたまま、船長は二番目の可能性を口にする。
「先ほどの方は、おそらく警察官ではないかと」
「け、警、…察…」
「警察に支給される銃は、荷物検査のセンサーに中々引っかからないと聞きます。何でも侵入捜査のためだとか」
「……」
「…ではもう一つご質問させていただきます。銃のことをご存じで、盗もうとされた理由は?」
何か言いたそうにしていた少年が、そこで黙り込んだ。理由など一つしかありえない。誰かに気づかれるより前に、少年は銃を手に入れようとしたのだ。船長に報告したのは仕方なく、と言うべきだろうか。
宇宙船に乗客は少なく、船長も乗客の印象ぐらいは覚えていた。まるで逃亡者のようにフードを深くかぶった少年は、震える手でチケットを見せていた。
どこまで疑うべきなのかは、きっと考えてもわからない。
少年は膝を握り潰そうとしているかのように握ったまま、なかなか口を割らなかった。確かなことは、彼が何かについて思い悩んでいるということだけ。このままだと永遠に時間が零れ落ちそうな気がした。
(もう一押し、必要かもしれない)
正しい選択なのかはわからない。それでも、時間を進めるには選ぶしかないのだ。
船長はホルダーから銃を取り出し、テーブルの上に置いた。それを見て少年が目を丸くする。
「ご安心いただきたいもう一つ理由は、実弾を発射できる銃を私の助手が持っているということです。これはただの麻痺銃で、人を殺すことは不可能です」
「……」
「それにトリガーにロックがかかっていて、今のままではお使いできません、が」
子どもにこんな賭けを持ち込むのは善いことではないだろうな、と思いながらも船長は言葉を続ける。最初に確認しておきたいことがあったのだ。
「こっそり貸すことは出来ますよ。ご事情を詳しく話していただければ、ですが」
この少年は人を殺そうとしているのか。もしくは身を守りたいだけなのか。この銃で満足できるのならば、少なくとも誰かを殺そうとしているわけではないと思うことが出来る。少なくともインパクトはあったようで、彼の視線は銃にとどまっていた。
「…さ、…触ってみても…」
「どうぞ」
恐る恐る、手を伸ばして銃に触れる少年を船長は見つめる。この弱気な少年は何を考えているのか。
永遠のような時間が流れる。しばらく銃を触って確かめていた少年は、やがて心を決めたのか、小さく息を吸い込んだ。
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