芝刈り機
あった。
網川が右腕から肩までを引っ張って切り落としたら、それは錆びてるけど物凄く性能の良さそうな芝刈り機に変化した。
網川が左腕だけでその芝刈り機を軽々と、しかし適切に操作した結果、雑草だらけでボーボーだったうちの庭は、とぅるっとぅるのマルハゲに。
「いやだからなんなんだよそれ。なんかそれ絶対おかしいだろ。なんで右腕だけでナイフと包丁と芝刈り機が切り落とせるんだよ。切り落としてる箇所違うけど、それでも重なるところから別種の『部位』が切り落とせるって話は一回も聞いたことないんだけど??」
「それがミズガネ先輩が特殊ってか特異なところなんだよ。切り落とす箇所によって色んな武器やら道具を出せるんだ」
「は、はあ……?」
それってどういう、って思っていたら、兄貴はとんでもねー事を追加してきた。
「だから、さっきわかんないって言ってたのは切り落とす『部位』を調整する事で色んな武器なり道具を出せて、かつそれを細やかに調整できるから何を切り落とせるかその全てを把握できてないって事、やろうと思えば本当にキリがない……んだったよな?」
「うん」
芝刈り機をもとに戻しながら網川はあっけらかんと頷いた。
「ええ……?」
つまり、やろうと思えば全身があらゆる『部位』になる、って事?
つまり、やろうと思えばいくらでも『部位』を切り落とせる、って事?
なにそれ、チートじゃん。
一個くらい寄越せ。
「とはいってもいいことばかりじゃあないんだけどね。『部位』が多い分砥がれやすいし、こんな化物が砥が人にでもなろうものなら……どうなるかな、国の半分くらいは吹っ飛ぶかもな」
なんかまたさらっととんでもねー事を言われた。
国の半分って、流石に大袈裟では?
と、思ったけど強力な『部位』がやばいのは当たり前なので、そう言うこともあるかもしれない。
港町一つを最終的にゴーストタウンに変えた笛とか、一瞬で数百人殺すような毒霧を出せるエアコンだか扇風機もあるらしいし。
それだったら国の一つや二つ……流石にスケールがやばいわ。
「……本気で言ってる?」
「うん。僕がこんな嘘を吐いてなんの利があるとでも?」
「うぐ……」
強者を騙る弱者は確かにいるけど、こいつにはそこまでスケールの大きな嘘を吐く意味がない、だって普通の強いから。
それだったら、本当の本当に?
とんでもない奴が同じ街に住んでいるだなんてことは、知りたくなかったな。
とはいえ、下手にビビり散らしてもかなりカッコ悪い。
それにこいつが砥が人になりそうになっても私の血をぶっかければ万事解決なので、本当に別に恐れる必要なんざねぇなと思い直した。
「まあ、いい。事情はなんとなくわかった。じゃあさっさと手合わせなりなんなりすれば? ……兄貴、本当に手加減しろよ、身内が同級生を殺した、なんてのはごめんだ」
「お、おう……」
「じゃ、私この辺で見てればいい? どっちかやばそうだったら容赦なく血ぃぶっかけるんで、覚悟しとけ」
「……わかった」
何故か呆れと笑みがごちゃごちゃに混ざったような兄貴に頭を少し強めにポンポン叩かれた。
これは拳骨カウントしなくていいやつ?
これの回数で終末のおやつ決めてるから、判断に困る行動はやめていただきたい。
ってか今何回目だっけ、一昨日の一発と今日がえーっと……
「おい」
頭の中で数えていたら、網川に声をかけられた。
カウントが霧散した、また数え直しだ。
「……なに?」
舌打ちしてからそちらの顔を見上げると、網川は何やら複雑そうと言うか、意味不明な数式でも睨むような顔で私の顔を見てくる。
「お前、僕のこと怖くないのか?」
「いくら化物だろうと、この程度であれだけ錆びるようなのを、私が恐れる必要あると思うか?」
左手を掲げると、網川は目を大きく見開いて呆然と私の顔を見つめた。
「おまえ……お前、は」
「あ? んだよなんか文句ある?」
「いや……」
「それとも何、もしかして怖がってほしかったのか? 怖がられて興奮するタイプ? 本当にそうならきっしょいからその性癖は改めるなり隠すなりしたほうがいいと思う」
「そんなクソみたいな性癖は持ってない」
すっごい顔で睨まれた。
じゃあなんなんだよ、って話だけど、それを聞こうとしたところで兄貴に『お前らその辺にしとけよー』と声をかけられたので黙ることにした。
網川は確かに強かった。
兄貴より強いのかどうかは正直言って微妙だが、兄貴がそれほど手加減せずに済む相手であることは、認めるしかない。
三十分くらいの激しい戦闘の末、ようやく満足できる程度に錆が落ちたらしい。
「まあ、この程度でいいだろう。それでいいか?」
「うん。これなら問題ないよ」
一部がほんの少しだけ錆びているように見える大剣を身体に引っ込めた網川の表情はひどく穏やかで凪いでいた。
「兄貴」
「ん」
特に問題なさそうだったけど念のため兄貴に手を差し出した。
そこそこ冷たいけど、この程度なら問題はないだろう。
「よし、これなら問題ないな……あ、やっば玉ねぎとまな板放置しっぱなしだった……」
「……この時期だから……微妙、だな」
「ちょっと怖い。もうあんな風に腹壊したくない」
兄貴と目を合わせて、互いに身体をぶるりと震わせる。
あれはもう本当にひっでえ事件だった。
思えば、兄貴が泣いているのを見たのはあの時が最後だった気がする。
「仕方ない……もったいないけど処分するか……てかなんで冷凍たまねぎあれしかなかったんだ……? 昨日は確かにあったはずなのに」
「ああ、それに関しては悪い。昨日夜食で使い込んだ」
「は?」
「どうしても腹が減ってなあ……炒飯作ったんだよ。その時少しだけたまねぎ入れようとしたら塊でいっぱい出て来たから……戻すわけにもいかないしと思ってそのまま」
「兄貴のせいじゃん」
九割私のせいとか言ってたけど、実際は兄貴が一割くらい悪いから……まな板ぶっ壊れ事件に対する私の責任は八割だけってことじゃん。
いや、まな板事件に関しては冷凍玉ねぎさえあれば起こらなかった事なので、これはもう兄貴の。
ぽこん、と拳骨を食らった。
「いった!? いきなり何すんだよ!!」
「よからぬことを考えてる顔だったから。確かに俺にもちょっとだけ責任はあったが……ほぼお前のせいなのはかわりねぇからな?」
「諸悪の元凶は……」
もっかい拳骨を食らった。
そんなにポコポコ殴らなくても良くない?
弔い錆 朝霧 @asagiri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。弔い錆の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます