小悪党
思い立ったら割とすぐに行動するのが私の美点であり欠点であった。
だからその日の放課後、家に帰るために歩いている途中でナイフを左手にぶっ刺した。
「なにを……!!?」
珍しく慌てふためく網川の手を、血塗れの左手でギュッと握ってやった。
そうして奴の手を血塗れにして、冷たかった奴の手が温かくなったのを感じながらニッコリと笑う。
さあ、こいつは錆びるとどうなる?
恐るか? 泣くか? それとも嫌悪するか?
「この馬鹿!!!!! なにやってる!!!!!!!!」
結果、ものすごい大声で怒鳴られた。
大声で泣き喚くとか驚いて大声を上げるとかだったら想定内だったんだけど、怒り出すのは全くの想定外だった。
「お前は馬鹿なのか!!!? 前からこいつ馬鹿なんじゃないかと思ってたがお前は本物の馬鹿だ!!!」
めっちゃ馬鹿って言われてる、語彙力がないね。
「どうしてこんなことをした!!? 気でも狂ったのか!!?」
「さ、錆びたらどうなるのかなぁ、って」
馬鹿正直に答えたら、網川はしばし絶句して。
「この大馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!!!!」
ご近所迷惑もいいところな大声で怒鳴り散らされたので耳が痛くなった。
「そんなクソみたいな好奇心でお前は自分の手を刺したのか!!?」
「ええ、うん……」
実際は嫌悪感的なものを植え付けられないものかと思っての行為だったけど、純粋な好奇心も普通にあった。
まあめっちゃ怒ってるし嫌われたのは確定だろうと思ってたら左手首をつかまれた。
「え、ちょ、なに」
「おとなしくしてろ……ああ……もうなんで僕一人錆び付かせる程度でここまで深く……馬鹿じゃねえの? いや、馬鹿だ」
とかなんとかぶつくさ言いながら網川はどこからともなく取り出した包帯で私の左手の傷を手際良く縛っていく。
「いた、ちょ、こんなのほっとけばなおる」
「あぁ????」
メンチを切られた、いや普通に怖いよ。
なんだって錆びた奴にこんなにキレ散らかされているんだろうか私は、逆ならわかるというか結構あるのだけど。
ふむ、と考える。そういえばこいつはいつも随分とおとなしくて穏やかでにこやかだ。
つまり……
「お前…………随分とつまらない錆び方するんだな」
「はあ??」
「つまらない、てか変わった錆び方。……いや、変な砥がれ方って言った方がいいのか? ……お前あれだろ? 砥がれると真っ先に怒りが削れてくタイプ……そういう攻撃的な感情は普通結構最後まで残るものなんだけどなあ……」
人間が『部位』を切り離す力を手に入れ、積極的に取り入れたのは普通に軍事目的だったらしい。
だから基本的に戦うたびに砥がれて強くなっていく彼らから攻撃的でない感情が削れて、攻撃性だけが残るのは兵器として理にかなっていると私は思っていた。
それなのに網川は怒りという攻撃性の塊みたいなものを真っ先に失ってしまうらしい。
道具型には稀にこういうタイプがいるけど、武器型では初めて見た。
「……だからなに?」
「いや? 本当に珍しいものを見れたなあと思っただけ。普通にお前が錆びたらどうなるのかなとは思ってたし実際気になってはいたんだけど……普通に嫌がらせのつもりでもあったからさあ」
と、笑っていたら頭を思いっきりはたかれた。
「いった!?」
「…………お前、それ本気で言ってるのか?」
「え? なんで本気かどうか疑ってんの? 本気だよ?」
私は基本的に嘘が吐けない損な性格をしているからね、と笑ってやった。
「この、性悪……」
「そうだけど? え? なにひょっとして私のこといい子ちゃんだとでも思ってた? 普通に性悪だよ。この街で一番、って言ってもいいくらいには」
ここまで悪いのならいっそ天下一を狙ってやりたいところだったりする。
けど流石に上には上がいるので諦めてる。
無辜でも無害でもない奴は徹底的に貶めてその目の前で高笑いしてやりたいけど、流石に無辜で無害な一般市民の皆さんを痛めつけようだとか甚振ろうとは思えないんだ。
それでも私が悪人、というかかなり性格の悪くて誰もが関わりたくないような小悪党であることになんの変わりもない。
にひひと笑うと、網川は深々と溜息をついて、私の右手をがしりと掴んだ。
「は? なに?」
「うっさい。僕一人じゃ何言っても無駄っぽいからシロガネ君にも説教させる」
「いや兄貴に今更何言われても……ってかシロガネくん? 網川お前、人の兄のこと君付けで呼んでんの??」
「職場じゃあっちのが後輩だからな。僕の方が強いし」
「…………はぁ?」
何? こいつが? うちのクソ優秀な兄貴よりも? 強いって????
何を阿呆なことを。
「ナイフ程度でうちの兄より強いって? 兄貴は私と違ってうちの家系のハイブリットの超強い奴なんだけど???? 妖刀とロケットランチャーだぜ? お前は確かに強いよ、それは知ってる、でもなあナイフ程度でうちの兄貴よりも強いわけがない。だいたい私なんかに出し抜かれてる程度で」
マシンガンを突きつけられた。
どういうこっちゃと思っていたら網川の左手の二の腕から途中までがなくなってた、これ『部位』か。
私の血の影響でだいぶ錆びてるけど、引き金を引かれたら確実に殺される。
「黙れ」
「……はっ、そっちが主戦力ってわけ? なぁに? じゃあ今までのは全く本気じゃなかったとでも言いたいわけ?」
「……本気ではあったよ。やりすぎると殺しそうだからナイフしか使わなかっただけ」
「そういうのを余裕っていうんだよ。……マシンガンかー、まあでもその程度だったら兄貴のが」
「……お前、ひょっとしてブラコンか?」
…………。
「ざっつらい」
否定する方が格好悪いと判断したので肯定した。
「まあ一応互いに唯一生き残ってる家族だし? こんなクソを煮詰めたような性格の妹を普通に妹扱いしてくれるような兄なので大好きですが??? それが何か?」
網川は私の顔を見てしばし絶句した。
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔だった。
少しして、網川は再び深々と溜息を吐く、心なしか先程よりも深い。
「お前のその性格の悪さ、ひょっとしてシロガネ君に甘やかされてるせい?」
「違うよ? 昔からクソみたいなことばーっかされてたから、こういう風にならなきゃ死んでたってだけ」
そう答えると網川はどうだかな、って顔をした。
家に帰ると兄貴はまだ帰ってなかった。
網川は当然のようにうちに上がり込んできた、流石にどうかと思ったけど兄貴から私関係でなんかあったら普通に上がっていいって言われてるからとゴリ押しされた。
まあいい、本当に何かあったらこいつが兄貴にボッコボコにされて終わりなのだ。
網川は兄貴と一緒に私と説教するつもりらしいし、どちらにせよ私の所業を網川が兄貴にちくったら兄貴から説教されるのは確実だった。
なので兄貴が帰ってくる前に夕食の準備をすることにした。
こういう時はささっとキーマカレーを作っておけばいい。
冷凍済みの玉ねぎの微塵切りと挽肉を炒めてカレー粉と水を投入すればそれで終わりだし。
トマト缶とかを入れても美味しいけど、今日はなしで。
「うっそだあ……たまねぎ、これだけ……?」
……と思っていたら冷凍庫の中の玉ねぎが足りなかった、少なくともこれの倍は欲しい。
生の玉ねぎはあるので、切って足せばいいのはわかってる。
ただ、先ほど左手をざっくりやってしまったのであんまりやりたくない。
とはいえ自業自得だった、冷凍庫の在庫の確認もせずに左手を刺した自分のせい。
ビニール手袋を念のため二重か三重にして輪ゴムを巻けば染みることはないだろう。
とはいえ切る時に痛むだろうしひょっとしたら傷が開くかもしれない、血が溢れると不衛生なのでビニール手袋の下にさらに綿手袋もはめておくか。
なんて思って、綿手袋とビニール手袋を引っ張り出して厳重に左手にはめて玉ねぎを切っていたら、居間にいた網川がすっ飛んできた。
「何やってる」
「は? 見りゃわかんだろ」
「お前さっき『うちは常に微塵切り済みの玉ねぎのストックがあるから、今日は鍋に具材をぶち込んで炒めて煮込めばいいだけ、超簡単』とか偉そうに言ってなかったか?」
「在庫切れてた。……おっと」
話しながら切っていたら手を滑らせかけた、左手が地味に痛いので玉ねぎを押さえにくいのもあるけど。
「ああ、もう危なっかしい!! 貸せ、僕がやる」
「いや、別に平気。てか集中したいからあっち行ってて」
と言ったのだけど包丁をさっと奪い取られる。
睨みあげても返そうという気は一切なさそうだったので溜息を吐いてから、「本当にやる気があるならきっちり手を洗ってからにして」と呟く。
「切ってくれるだけでいいから。後は私がやるから」
「わかったよ」
きっとり手を洗った網川がまな板に向き合う。
そういやこいつ料理とかできるんだろうか、天涯孤独って話だからできるんだろうなって思って見守ってたら、切り方がめっちゃ雑だった。
しかも切っている最中でだんだんイライラし始める、何が不満だと思っていたら唐突に包丁を台の上に叩きつけるように置いてから、網川は叫んだ。
「切りにくい!! なんだこの包丁!! なまくらもいいところだろちゃんと砥いでんのか!!!!!?」
「ええー……」
たまにしか砥いでないけど一応ちゃんと切れるんだけどなあ、って思ってたら網川は唐突に右手を左手で引っ張って引っこ抜いた。
切り離された右手が、錆びているとはいえものすごく切れ味が良さそうな包丁に変化する。
「ん?」
なんか今すごくおかしな光景を見ている気がする。
私が知っている限り、こいつの『部位』はいつも使っているナイフとさっきのマシンガンだ。
マシンガンは左腕だからまあいい、だけどナイフの方は確か右手の人差し指だったはずだ。
なんかおかしくなかったか、今の。
例えば人差し指と中指でそれぞれ別種の『部位』を切り離せるという話はよく聞くけど、右手と右の指から別種の『部位』を切り離せるような人間がいるという話は一度も聞いたことがない。
と思っていたら網川が奴の
「あ……」
網川がものすごくバツの悪そうな顔で私の顔を見てくる。
なんだなんだと奴の手元を覗き込んで、絶叫した。
「へ……? あああああああああぁぁぁぁああ!!!? まないたああああああああああああぁぁぁぁああ!!!!??」
たまねぎだけじゃなくてまな板まで真っ二つになってた。
パカっと、真っ二つに。
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