その日の夜

 今日の客は結局副業目的で来た女が一人だけだった。

 客が一人も入らない日はそこそこあるので本業目的で客が入らなかったことに驚きや焦りはない。

 こんな『ド』が三つか四つほどついてもまだ足りないような田舎なので、まあそういう日もある。

 ただ、副業目的で客が入ったのは珍しいと言えば珍しい。

 それでも月に一度あるかないか程度にはいるので、滅茶苦茶に珍しいというわけではない。

 よって今日もいつも通り平穏無事に一日が終わった、と結論付けてしまっていいだろう。

 そんなことを考えながらベッドに寝っ転がってネットサーフィンしてたら、ドアがほとんど音を立てずに開いた気配を感じた。

 振り返らずに声をかける。

「ノックくらいしやがれ、このクソ野郎」

 返答は帰ってこなかった。

 代わりに気配なく近寄ってきて、背中に張り付いてきた。

「重いんだけど? どけ。んで出てけ」

「……寝るまででいいから暖をとらせてくれないかな」

「ならもう寝るから出てけ」

「最近遅くまでゲームやってるけど、今日はしないの?」

「なんで知ってる?」

 早く寝ろ寝ないなら潰すぞと言われると面倒だから、部屋の照明消してやってたのに。

 携帯ゲーム機だし、イヤホンつけてやってるから普通ならわからないはずなんだけど。

「何度か寝にきたらゲームしてたから」

「覚えがないんだが?」

「結構のめり込んでいたみたいだからね、邪魔したら悪いと思って」

「……ふうん」

 普通に気付かなかった、今度から注意しよう。

 というか部屋に鍵付けたい、寝てたらいつの間にか布団に潜り込まれてた事が結構あるし。

 とか思いながら背中に張り付く奴の体温をはかってみる。

 若干冷たかった、日常生活なら問題なく送れる程度、戦闘は……軽度なものならか可、それ以上はNGといったところだろう。

 ……まあいいか仕方ない。

 下手に抵抗したり追い出そうとしてより事態が悪化したことも結構あるし。

 その代わり、寝る時には絶対に追い返そう。

「仕方ないから寝るまでなら好きにしろ。あと邪魔するなよ、したら追い出す」

「わかったよ」

 顔は見えないが笑ったのがわかった。

 一般的な女子どもからしたら価値あるお綺麗な顔をしているのだろうけど、もう見飽きたからわざわざ振り返ることもしない。


 枕元に放ってあったイヤホン接続済みの携帯ゲーム機を取って、イヤホンを耳に詰めてゲーム機の電源を入れる。

 今やっているのは第四次どころか第三次世界大戦以前からずっと続いているらしいシリーズの最新作。

 モンスターを道具で捕まえて育てて戦わせるというのが主な内容だ。

 私はストーリーとか世界観が好きでガキの頃からずっとやっている。

 兄貴が生きていた頃はよく捕まえたモンスターを交換していたっけ。

 ……こいつはゲームそんな好きじゃないからなあ、一回やらせてみたけどすぐに飽きたし。

 あとなんか私の名前つけたモンスターが倒されたのがショックだったらしい。

 昔は休日に徹夜でストーリー進めてたけど、今はそんな暇もないし体力もないしなんとなく勿体無いのでゆっくり進めている。

 今日は背中に張り付いてるやつに邪魔されると嫌だから、基本的にストーリーは進めずにレベル上げと捕獲メインにしよう。

「ぼたもち……?」

「期待の新星だよ」

 最近捕まえたモンスターにつけた名前が気になったらしく突っ込んできた。

「強いの、それ」

「割と。かわいいし」

 レベル上げのために野生のモンスターと戦うだけの地味な作業を続ける。

 一応この辺りでまだ捕まえてない奴もいるのでそれも探していた。

「……それにしても随分変わったよね。昔は人を錆び付かせて泣かすのを何よりの楽しみとしていたような酷い奴だったのに。今日のお客さんには随分と気を使っていたじゃないか」

 レベル上げを淡々と続けていたら飽きてきたのか、奴はそんなことを言ってきた。

「今も昔も私は酷いままだよ。……そういうのに楽しみを感じる性根はきっと一生治らない」

「じゃあ、なんで?」

「今日の客が泣いたのは、悲しくて辛かったからだ。大事な人を亡くしてしまったその絶望のせいだ……そういう『泣く』は私が求めているものじゃない……それにあの人、このご時世で随分と平和な場所で生きてきたらしいし、あんまりひどいこと言ってもかわいそうだろう。……つーかお前だって分かってんだろ」

「悲しかろうが怖かろうが、泣いているのなら変わりはないじゃないか」

 不思議そうな声で返された、こいつとの付き合いはそこそこ長いけど、まだ互いに理解できていないことも多いらしい。

「全然違う。違うんだよ。……私が見たいのは砥がれてる気が大きくなってた時の自分の悪業を恐れて後悔した時の『泣く』だ。自業自得のくせにみっともなくピーピー泣いて許しを請うような……そういう無様で醜いやつだよ」

 なんで付き合い長いのにそんな簡単なことすらわかってないんだろうかと思ったものの、そういえば人を泣かせたいと言ったことは数あれど、具体的にどういう人を泣かせたいのかはほぼ話したことがなかったような気がしてきた。

 それなら仕方ない。

「ふうん、ならよかった」

「は? 何が?」

「僕はずっと昔から君のことを人を泣かせて興奮するタイプのちょっとアレな性癖の持ち主だと思ってたんだけど、思ってたよりもだいぶマシだったから」

「はあ……いやその認識で大体合ってるけど……というかお前、私が人が悲しんで泣いてるのをみて喜ぶような外道だと思ってたわけ?」

「うん」

 なんの躊躇いもなく肯定されて思わずキレそうになった。

 けど自分の過去に言動を振り返るとそう思われても仕方ない、これはキレ散らかすほうが格好悪い。

 なので、その肯定は甘んじて受け入れることにした、どう思い返してもこれは自分のせいだ。

 そんなやりとりをしつつ、ぼたもちのレベルがいくつか上がった頃にそいつは現れた。

 姿形はぼたもちと同じモンスター、だが……

「あっ?」

「何?」

「いろちがい」

「あ。本当だ」

 現れたモンスターはぼたもちと姿形は同じだが色だけ違う。

 ぼたもちはあんこみたいな色をしているが、出てきたそいつは淡いピンク色をしている。

「とりあえず、それ」

 経過ターンが短い時に使うと捕まえやすくなる道具を使ったら一発で捕まえられた。

「よし……!」

 背中に張り付いてる奴がいなかったらその場でシメられる直前の魚みたいに飛び跳ねたかったけど、重いからやめておいた。

「お前は今日からさくらもちおだ」

 可愛らしい色合いだけど雄だったのでそんな名前をつけてみた。

「さくら……もちお……直球だね」

「まあ適当だし」

 気に入った奴とか一軍メンバーは大体名前つけてるんだけど、だいたいその場のノリでつけてるからだいぶテキトーだ。

 その後即座にセーブして、それからはぼたもちとさくらもちおのレベル上げをやった。

 ストーリーに動きがない淡々とした作業に飽きてきた頃、背中に張り付きっぱなしの奴がまた話しかけてきた。

「そういえばそのゲームって『部位』が出てこないよね? なんで?」

「……このゲームシリーズは第三次世界大戦よりもずっとずっと前から続いているシリーズなんだよ。人間が『部位』を切り離す技術と肉体を手に入れたのは第四次世界大戦前で……大戦終了後、既存新規に限らず多くのゲームが『部位』を持つ人間を組み込んだが……このシリーズは当時のプロデューサーの意向で『部位』を取り入れずに大戦が起こる前の世界観を描き続ける、って方針になったらしくてな、それが今になってもずっと続いている、ってわけ」

「ふうん……」

「というかこれ、冒頭でハカセが一応説明しているんだがな……『この世界には身体から便利な道具や武器を切り離せる人間は一人もいないが、代わりにモンスターというふしぎなふしぎないきものがいる』、って」

「……そうだったっけ?」

「そうなんだよ……っつってもお前一つしかやってない上にそれすら積んでたもんな……これ、このシリーズでは割とお決まりのセリフだから私みたいにずっとやってると結構記憶に残ってるんだが……一回だけじゃあまあ忘れるか……」

「うん」

「そういえば私はこれをきっかけに第四次世界大戦前までは『部位』なんて代物がないってことを初めて知ったよ。幼心に自分は生まれる時代を間違えた、とも思った」

 こんな身体で生まれるのなら、第四次世界大戦前に生まれたかったと昔はよく思っていた。

 それなら、私はどこにでもいる平均的な人間として極々普通に一生を終えられたのだろう、と。

 なんて考えてたら首を噛まれた。

 噛み切られたわけではない、血が出ている様子もないけど、普通に痛い。

「いたい。かむな」

 バタバタと暴れてみると案外あっさりと奴は首を噛むのをやめた。

 が、代わりにしがみついてくる。

「おい」

「……間違えた、とかいわないでよ」

「あ?」

「……うっかり君がいない人生のことを考えちゃったじゃないか」

「はあ? なんでそれでそんなクッソ情けない声出すわけ? つーかそっちの方が幸せだったんじゃないか?」

 首を思い切り噛まれた。

 今度こそ血が出た、出血は少ないだろうけどこれはまずい。

「………………ふざけるなよ」

 普段よりもドスの効いた低い声に思わず「やらかした」と呟いた。

 今の血で一気に錆びた、こいつは面倒でつまらない錆び方をするから錆びすぎないように避けていたし、だからこそこいつが錆びなければと思いたくなるような言動は控えていたのに、ついうっかり口が滑った。

 でも何も間違った事は言っていないので、後悔はしても反省はしない。

 それができるいい子ちゃんだったら、初めからこうはなっていないのだから。

 それでもなんでこうなったかなあ、と思わず気が遠くなる。

 きっかけはとても些細な事だったし、九割以上兄貴のせいだった。

 本当にあのバカ兄は余計なことばっかりしやがって、と思っていたら身体が軽くなる。

 軽くなったと思ったら今度は首根っこを掴まれて無理矢理奴と向かい合わせに座らされた。

 無言で睨まれる、見慣れているので怖いともなんとも思わないけど、ものすごく面倒くさい。

 多分この後はいつものように説教されるのだろう、こいつが砥がれていた時のこっちの言動に関する怒りもまとめて一気にぶつけられる。

 けれどこれも自業自得、自分のせいなので仕方がないと受け入れる。

 人生なんて、どうでもよくないこと以外は諦めるのが無難なのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る