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いざ相手を目の前にすると、少し言い淀んでしまった。そんな俺を見かねて、彼女は稽古を申し込んでくる。
「王と初めて会った時です。私は、村の仲間に囲まれ、力で強引に押さえつけられ、言うことを聞くように脅されている時でした」
「……ああ、そうだったな」
「ですので王よ。もし、私を従わせたいのなら――」
彼女が、剣を構える。
「あなたが私を打ち破り、力で強引に押し倒すしか、あなたが私を従わせる方法はありません」
それは、彼女のトラウマではなかっただろうか。そのトラウマを、自ら踏みにいくのだろうか。
「私も、王に鍛えられ強くなりました。簡単には負けません。さあ、いきますよ!」
彼女が襲い掛かってくる。
彼女の剣技は、出会った時と比べ格段に成長していた。人間の領地に侵攻するとき、彼女は積極的に参戦し、多くの人間を屠ってきているため、レベルも上がっている。
だがこの強さは、単純なレベルアップだけではない。
「どうですか! 私の剣技は!」
自信。
迷いがあったり、自信がなかったりすると剣はブレる。そんな心の弱さを持っていた、当時の彼女はもういない。
だからこそ俺は、そんな自惚れを砕かないといけない。戦場でその自惚れは死を招く。彼女に、現実を教えてあげる必要があった。
俺の右手が、彼女の剣を受け止める。
反対の手から、彼女の斬撃が来る。
その手をからめとり、武器を弾く。
彼女が成長したといっても、まだまだ俺には届かない。当時人間の時に、圧倒的なレベル差による実力差を感じた俺のように、彼女はきっと今それを感じているのだろう。
今の自分の実力では、どうあがいても届かない圧倒的な上位互換。
弾かれ、武器を手放した彼女の右拳が俺の顔面に迫る。圧倒的な力量差で俺は、その拳を難なく避ける。
「お――」
避けた拳が、俺の首の後ろを掴み、彼女のほうへ引っ張られる。体重をかけられ、そのまま彼女の上に倒れこむ。彼女は、最初からこれを狙っていたのだろうか。油断していたのは、俺のほうだったか。
手を付き、彼女の上にのしかからないようにする。
仰向けに倒れこんだ彼女の上に、俺が押し倒しているような状況になった。
「あはは、私の負けですね。押し倒されてしまいました」
彼女は、負けを宣言する。この状況に持っていったのは彼女なので、彼女は最初から負けるつもりだったのかもしれない。
「さあ、私の負けです。村の男どものように、私の体を好きにするといいですよ」
「なにをいって――」
そういって彼女は、空いていた左手も首の裏に回す。そして、こちらを強引に引き寄せる。顔が近づき、あと少し動くと唇が触れてしまうような距離まで近づく。
「私だって、嫌いな男性だったらこんなことしませんよ」
吐息がかかりそうなほど近づいた彼女は、そう小さく言葉をこぼした、彼女の顔は、一目見て分かるほど、真っ赤に染まっていた。
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