第八章
155:第八章
どうしたって早起きするのは辛い。
その男の子は、人並みに冒険者という仕事に憧れていた。大人はよく、そんな安定しない仕事は辞めなさいだとか、もっと家の手伝いをして家業を継ぎなさいだとか口うるさく言ってくる。
だからそんな大人を見返そうと、彼は剣の鍛錬をしていた。
だけど朝早く起きるのは難しいので、太陽が大分のぼってからだ。よく寝る子は育つっていうし、体を大きくするために寝ているんだって、嘘をつきながら。
「アルノー!」
「げっ」
「可愛い幼馴染に向かって、ゲッてなによ!」
その小さい村では、大体がご近所さんで顔見知りだった。そんな中、同じ時期に生まれた二人は自然と一緒にいることが多くなる。
「べ、別に変な意味はないんだ、ハンナ」
「ふーん、本当かしら」
「本当だよ、本当」
正直にいうと彼は、幼馴染のハンナのことが少し苦手だった。思春期を迎えつつある彼にとって、彼女は目の上のタンコブ。その強気な態度がどうしても、実の母と重なってしまい彼女と話をしていると、及び腰になってしまう。
(顔は可愛いんだけど、もう少し性格が大人しくなってくれれば……)
「それよりもアルノー! あなた、また剣の鍛錬してるのね!」
「う、うん」
「おばさんに言いつけられたくなかったら、私に付き合いなさいよ!」
最近はいつもこれだ。
彼女はよく、親に言いつけるといって彼の邪魔をする。親に言われて怒られるのが嫌な彼は、彼女の指示に従うしかない。結局、彼女の我儘に付き合って近くの森を探索する。
今日も、全然鍛錬できなかった。きっとこうして、僕の冒険者になりたいという夢は少しずつ遠ざかり、流れに身を任せて家業を継ぐのだろう。そんな風に、ふわふわとした将来設計を考えていた。
「あれ?」
「どうしたの?」
村に帰ろうとそちらに向かって歩いていたところ、ふと目の前の彼女が立ち止まる。
「なんだか少し焦げ臭くない?」
「え?」
言われてみれば、何か燃えたような匂いがする。匂いの方向を見ると村がある方角だった。何か悪い予感がした二人は顔を見合わせたあと、急いで帰路につく。
「な、なんで!」
森があけて見えた先の村は、ごうごうと燃え上がっていた。村の中からは定期的に悲鳴があがり、何かに襲われている雰囲気だ。
「ママ! パパ!」
「あ、ハンナ!」
彼女が、その燃え盛る炎に向かって走り出す。本当は凄く怖いけど、ここに一人で残される方がもっと怖い。仕方なく彼女の後を追いかける。家が燃え、酸素が薄く、すぐにハァハァと息があがる。
村から出たいと思っていた。こんな村なんて無くなってしまえと思うことだってあった。だけど本当に無くなるなんて思ってもみなかった。
村の中央に辿り着く。そこには黒いコートを羽織った人が立っていた。コートで顔は見えない。
「……まだいたのか」
そのコートを着た男性が、ボソリと呟く。
ハンナは母親と父親をみつけたらしく、再会を抱き合って喜んでいた。彼女たちは近くに寄ってくる影に気づかない。その影はゴブリンだ、ゴブリンはゲヒゲヒと笑い、手には棍棒のようなものを持っている。大丈夫、ゴブリンなら村の大人で身体強化の魔法が使える者なら倒すことができる。わざわざ、ここで僕が飛び出し守りにいく必要すらない。
まわりの状況を冷静にゆっくりとみる。
ゴブリンに気づいていないハンナたち。
怯えた表情でこちらに視線を向けている他の村人。
少し先の地面には、村で一番強いと言われていた女性の死体と折れた剣。
そしてこちらを見下ろす、黒いコートを着た人間。
ゴブリンはこん棒を振り上げる。そんなゴブリンをみたハンナの両親は、ぎゅっとハンナを抱きしめ、まるで攻撃から守るかのように動く。
(なんで――!)
なんで反撃しないんだ、普段からいつもゴブリンなんて余裕だって言っていたじゃないか。そんなことを思いつつ、僕は走り出す。地面に落ちていた直剣をすぐに広い、ゴブリンに向かって駆け出す。
「あ、あああああああああ!」
間に合わない。距離が遠すぎる。もっと剣の技術を磨いておけばよかった。もっと体を鍛えておけばよかった。そんな後悔が頭によぎる。
「ほう……」
コートの男性が呟いた瞬間、ゴブリンの動きが止まる。
(間に合う!)
僕の剣は辛うじて間に合い、ハンナを失うことなくゴブリンを倒すことができた。
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