おばさんの苦悩と思い出

 茂野 りさは女友達と共に出ていく妹の息子をただただ眺めていた。

 初めて我が家に迎え入れた時とは比べ物にならない程に背中が広くたくましくなっている。

 ......あれは確か陽大くんが6歳、つまりは10年前の事だった。

 就活で面接を終え、携帯電話を開くと母から何十件ものメールと電話が来ていた。

 何事かと思い、母に折り返し電話を掛けると母は声にならないような声で呟いた。

「優子と勇気くん、事故で死んじゃった」

 頭が真っ白になり、最初は何を言っているのか理解できなかった。

 というか、脳がこの受け入れがたい事実を自己保身の為、拒絶したのだろう。

 それから一年くらいは酷く落ち込み、少し病院に通ったりしたものの最愛の妹とその旦那の死を受け入れるようになった。

 ちょうど、それくらいの時期だっただろうか。

 妹の息子を誰が引き取るかで親族間で揉め出した。

 元々、妹は高校在学中に妊娠し卒業と同時に結婚したので、あまり折り合いがよくなかったというのもあるだろう。

「陽大くん...よろしくね!」

 そこからは早かった。

 私は親の反対を押し切り、陽大くんを引き取った。

 勿論、仲の良かった妹も為、という事もあるが妹を亡くして強い喪失感に襲われていた私に取って彼は私の写し鏡のように思えたのだ。

 それに大人の事情で振り回されるのが不憫でならなかったという事もあるだろう。

「お弁当作っといたよー」

 最初は叔母と甥に過ぎなかったが、時を刻むごとに親子ではないにしても特別な何かに変わっていった感じがした。

 でも、当然子育てには悩みがつきものである。

 喧嘩だってするし、物の捉え方や考え方事態が違う事だってある。

 特に二十代ということも合ってかだんだんとストレスが溜まっていった。

 親の反対を押し切った手前、相談や協力を仰げなかったというのもあるだろう。

 でも、そんな時高田に出会った。

 彼は会社の同僚でこんな私の話も親身になって聞いてくれた。

「...りさちゃん、うち来ない?」

 私たちは趣味なども合うという事もあり、すぐに付き合い始めた。

 正直、私は彼女の言葉を信じられていない。

 彼に限ってありえない。

 そもそも私の子供同然である陽大くんをいじめるメリットが何処にあるのだろうか。

 仮に彼が独り立ちしたとしても、半永久的に関わりを持ち続けることになる。

 そんな彼をわざわざ敵に回すなど、どう考えても非合理的だ。

 ......でも、もしかしたらという疑念が私の頭からこべりついて離れない。

 それに陽大くんが私が知らない所で何かに対して不信感を覚えていることは確かなのだ。

「...ごめん。ごめんね」

 私は誰もいない、リビングで一人虚しく最愛の息子に許しを乞うたのだった。


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