七海先輩と家出

 先程の和やかなムードから一変、緊迫した雰囲気がリビングに流れた。

 しばし続いた沈黙を破るようにおばさんが呟いた。

「あ、ああ...あの人、多分体育会系のノリがあるから、ふざけ過ぎちゃったのかな?」

 あんな体育会系のノリが合ってたまるかと思うが、おそらくおばさんに取っては優しくてカッコいい恋人なのだ。

 こうやって庇うのも無理はない。

「正直、これはもうノリや冗談を逸脱しているいじめだと思います」

 七海先輩はおばさんの目を見ながら淡々と告げた。

 もし、これが俺ならばこんなにもハッキリと、正確に伝えられなかったと思うので改めて七海先輩の凄さを実感した。

 前に七海先輩は俺と同じと言ってくれたが、きっと彼女は今まで何度とこういった修羅場を乗り越えてきたのだろう。

 俺と違ってモテるので尚更だ。

「ご、ごめんなさい。でも、勘違いしてほしくないのはあの人根はいい人っていうか...お互い勘違いしてると思うんだよね」

 もし、俺がおばさんの立場でるなやちさと、そして七海先輩が責められていたら同じような事を言っていたかもしれない。

 そう思うと俺は何も言えなかった。

 いや、俺は怖いのだ。

 おばさんから青春を奪い、さらに最愛の恋人までもを奪うのが。

 そんなのいくら償おうとしても償いきれない。

 俺が身体を震わせていると七海先輩がまた、左手を握ってきた。

 でも、先程とは違い七海先輩の手も強く震えていた。

「おばさまに一つ提案があります」

「な、なに?」

「一度、距離を取ってみてはどうでしょうか?」

 七海先輩は手の震えを一切感じさせない、どこか事務的な声色で呟いた。

「誰と?」

「陽大くんとです。それで、その間はなるべく高田さんと居るようにするんです。それで、色々と見えてくる所があるでしょう」

「...期間は式の準備が始まる1ヶ月後で良い?」

 七海先輩は俺の顔色を伺うようこちらを見つめてきた。

 それに俺も頷く。

「正直、私は話し合えばわかると思う...もし、仮に彼がいつも通りいい人だったら納得してくれるの?」

「...それは陽大くん次第ですね。もし、彼が望むのならば、私はうちに来て欲しいと思っています」

 七海先輩は親愛に満ちた表情を浮かべ、握る手を少し強めてきた。

「...よその家の事にここまで口を出すなんて勝手だね」

 おばさんは少し辛そうな面持ちでそう呟いた。

 そうだ。

 当たり前ではあるが、おばさんも俺たちを苦しめたくてこんなことを言っている訳ではないのだ。

 やっとの思いで出来た恋人。

 言わば、自分のアイデンティティーの根幹その物を揺るがせられているのだから無理もないだろう。

「...こんな私と仲良くしてくれる唯一の友達が苦しんでるんですから、当たり前です」

 七海先輩は声高らかにそう言い放った。

 そしてこれで話すべき事が終わったのか七海先輩に手を引かれ俺たちは家を出た。

 かくして、俺たちの同棲生活?は始まったのだった。


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