家にて

 あの公園から10分歩いた先に七海先輩が住むアパートがあった。

 閑静な住宅街にある典型的なアパートで、どこか静けさが感じられる程には治安がよさそうできっと住み心地は抜群に良いのだろう。

「どうぞ~」

「...お邪魔します」

 七海先輩に手招かれ、俺は靴を脱ぎ玄関に足を踏み入れた。

 その刹那、仄かに七海先輩の甘いミルクのような香りが鼻腔を擽ってくる。

「...」

「どうしたの?」

 七海先輩はぽかーんとした様子で首を傾げた。

「...あ~?...もしかして、女の子の部屋だからって緊張してるの?」

「まあ、はい。あと、元カノの家にすら入れなかった自分のヘタレさに失望してました」

 元カノとは会うといっても、外が大半で(うちにはおばさんの彼氏いるし)フラれたのも人通りの多い人前だったので、軽くトラウマである。

 あの時、俺たちを見ながら薄ら笑いしてきたヤツらの顔は忘れられない...

 ヒト、コワイ。

「...めちゃくちゃ反応しずらいな...それじゃ、ソファ座っててーお茶入れてくるね」

 そういうと七海先輩は台所へと行ってしまったので、俺もリビングに入ることにした。

 リビング内はTHE女の子といった感じのピンクがかった部屋で、普段の様子からは少し意外な感じがした。

 まあ、普段と一重に言ってもあくまで俺の視点でのそれは、七海先輩を構成するうえで1%にも満たないのだろうが。

「は~い。夕食まだでしょ?」

 台所から戻ってきた七海先輩が持っているお盆の中には、お茶と一緒にカレーライスが入っていた。

「い、いいんですか?」

 正直、財布の中身がすっからかんだったから有難くはあるが、悩みまで聞いてもらって飯まで用意してもらうのは申し訳なさすぎる。

「うん!食べて食べて~逆に一人暮らしだとカレー余らせちゃうこと多いから、食べてくれた方が助かるかな?」

「...そういう事なら頂きます」

 一口、口に入れるとスパイスの辛味と甘く濃厚なルーとが混ざり合って口内がとんでもない多幸感に包まれた。

「...うっま!七海先輩料理も出来るんですね!」

 何でもこなせるイメージがあったが、まさかここまで料理が上手いとは思わなかった。

「え?私、カレーしか作れないよ?」

 七海先輩はあっけらかんとした面持ちでそう呟いた。

「え?」

「...やっぱ幻滅した...?」

「いいえ!そんなことは」

 七海先輩は不安げな面持ちをしながら、こちらを見つめてくる。

「昔から料理だけは本当に苦手で...どうにかカレーだけは作れるようになったけど、後はだめだめなんだよね~」

 確かによくよく見てみると台所にカップラーメンが置いてあった。

 本当に料理が苦手なのだろう。

 思わす笑みが少しこぼれてしまう。

 すると七海先輩はこちらをジト目で見つめてきた。

「あっ、すみません。なんか、七海先輩にも完璧じゃないんだなって親近感わいちゃって」

「...なにそれ~...まあ親近感湧いてくれたならいいけど~」

 なんて雑談しながら、俺たちは夕食を食べたのだった。



 あれから夕食を食べ終え、テレビを二人で観ているとピーピーピーなんて音が台所よりもっと奥の方から聞こえてきた。

「お風呂沸いたって~君からでいいよ」

 七海先輩がさも当たりかのようにそう呟く。

「えっ?本当にいいんですか?」

「全然大丈夫だよ?それにこのままだと風邪引いちゃいそうだし」

 それにしてもだろう。

「...でも、その。自分の家でどこの馬の骨ともわからない後輩が裸になるんですよ?」

「...ふぅ~ん?...もしかして、私のこと意識しちゃったんだ...?」

 七海先輩は少しこちらをからかうような、でもどこか優し気な笑みを浮かべた。

「ち、違いますよ!道徳的観点からです!」

「はいはい。大丈夫だよ~君がそういう事はしないってわかってるから」

 七海先輩はくしゃくしゃと頭を優しく撫でてきた。

 なぜ、ここまで優しくしてくれるのだろうか?

 おそらく、普段一緒にあの図書館を回してる仲間としてここまで良くしてくれているのだろうけど、それにしてもだ。

「一つだけいいですか?」

「うん?何かな?」

「どうしてここまで良くしてくれるんですか?」

 俺は真っすぐと七海先輩を見つめる。

 すると真剣な話と伝わったのか、七海先輩は撫でるのをやめ一歩こちらへ近づいてきた。

「誰も頼れる人がいないのはきっと辛いだろうからかな?」

 七海先輩は何か思い出したのか少し俯いた。

「私さ?高校生で一人暮らしするぐらいだから昔、色々あったんだよね~...その時、助けてくれる人が居なくて...だからかな?それに」

「それに?」

「君みたいな優しい子が理不尽な目に合うのは我慢できないっていうか」

実際に優しいかはともかく、七海先輩にそう思われていたというのは素直に嬉しい。

「...そういう事だったんですね」

 七海先輩がせっかく善意で色々と尽くしてくれているのだ。

 ならば、それに享受しないのは失礼だろう。

「...一番風呂頂きます!」

七海先輩は嬉しそうにまた俺を撫でてきた。

「うん...ありがとね?ごゆっくり~」

 こうして俺は久々に人の入れてくれた風呂に入ったのだった。



~作者から

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