先輩

 放課後の図書室にて、静寂の中一人で返却された本の仕分けをしていた。

 俺はこの時間が好きだ。

 本のずっしりとした重みと古紙独特の優しい香りに包まれながら仕事をするのは何だか趣がある。

 それにこの瞬間だけは余計なことを考えずに済むのだ。

人生、ただ生きてるだけで死にたくなるような事は無数に起こる。

ならば、こうして考えない様にするのが得策だ。

 黙々とただただジャンルごとのカゴに仕分けていく。

「啓発本...ミステリー...恋愛ものっと」

 そして、その中で気になる本をメモしておいて図書委員としての仕事が終わったら借りて帰るのが王道パターンだったりする。

「...遅れてごめんねー!」

 静寂を破るようにドアが勢いよく開いた後、ゆったりとした女子の声が穏やかな夕方の図書室に鳴り響いた。

 それから、すぐに全身から優しさの滲み出ている妙齢の美女が焦った様子で入ってきた。

 第二学年の証である青色のリボン。

今時風に崩してある制服に、透き通るように真っ白な肌。

そんな誰がどうみても美しい少女が黄金の髪をたなびかせ、駆け寄ってきた。

その間、豊かな胸がたゆたゆと揺れ、思わず視線が吸い寄せられてしまう。

すぐに視線は戻したが、生理現象とは言えあんな事があったのにも関わらず節操がない自分に軽く軽蔑する。

「あれっ...?他のみんなはどうしたの?」

「あっ、先輩七海 紗凪お疲れ様です。なんか、あいつらは野球部の手伝い?があるそうで帰っちゃいました」

「...またか~」

現在、図書委員は6名在籍しているのだが、俺と先輩以外全員サボっているので実質二人でこの図書館を回している。

「また、私から注意しておくわね~...部活動に励むのは偉いんだけどね」

「って言って、多分あいつらまた合コン行ってますよ」

これまで、あいつらが本当に部活に出てたのなんて数回程度だ。

リア充..砕き散れ。 

「合コンって今の子は進んでるんだね~」

今の子とと言われても、七海先輩とは一学年しか変わらないのでさして違いはない気がする。

「...今頃、あいつら金属バットじゃなく腰振ってますよ」

......ヒットした時に折れてしまえ。

「君の口の悪さも大概だと思うけどね~それ、私以外に言ったらセクハラになっちゃうよ?」

「あっ、すみま...」

俺が風の速さで謝罪の言葉を発そうとしたその刹那、それを遮るように七海先輩が呟いた。

「それにあの子たちはせいぜい、木製バットでしょ?」

「先輩の方がえぐい下ネタ言ってません!?」

七海先輩はわざとらしく首を傾げた。

「まあ、私もこういうの嫌いじゃないし。それに」

「それに?」

「私たちがこうして勤労に勤しんでいる時にあの子達だけいい思いするのは、ムカつくからね」

七海先輩はガラス細工のように端正に整った顔をくしゃりと崩し微笑んで見せた。

そんな、姿さえ様になって見えるのだから美人はズルい。


軽く雑談を終えると俺たちはまた作業に戻った。

「でも、君も物好きだよね~」

「何がですか?」

沈黙に耐えられなかったのか手をテキパキと動かしながら七海先輩が話し掛けてきた。

「ほら、私が恋愛とか興味ないってわかった途端に他の人たち来なくなっちゃったでしょ?」

そう。七海先輩、目当ての男子生徒が意気揚々と口説きに行き撃沈し合コン野郎になる...を繰り返し、気がつけば七海先輩と俺だけになっていたのだ。

「恋愛脳には困ったものですよね。」

かく言う俺も恋愛脳を拗らせに拗らせてあの様だったのだが。

「...あれ、君も私のこと好きなんじゃないの?...胸元よく見てるから私、てっきり~」

「人間不信を拗らせているので、面と向かって人の顔を見られないだけです。あと、胸だけは見てません!」

シンプルにただの嘘だが、聡明な大人の皆さまも自己保身の為に嘘をつくのだ、ならば俺が嘘をついてもいいだろう。

「...ふ~ん?」

七海先輩はご満悦な様子で屈託のない笑みを浮かべた。

「...大体、俺も先輩目当てだったら、さっさと家に帰ってゲームしてますよ」

「...もう~拗ねないの。冗談だよ、冗談。下心なんてないって、君の働きぶりを見せられたらわかるよ~」

「なら、いいですけど」


「ただいま~」

マンションなどが高く聳え立つ所にポツンと建ててある日本家屋、これが俺の家だ。

どうやら先祖代々、受け継いで来たらしい。

玄関のドアを開け、ふと足元を見るとおばさんの靴ともう一足、いかにもサラリーマンが履いてそうな革靴があった。

「お帰り!」

俺が帰ってきた事に気づいたのか、おばさんが満面の笑みを浮かべ、こちらへ駆け寄ってきた。

「ただいま...高田さんいるの?」

「...あ、ああ。なんか、ちょうどこの辺で仕事してんだってよ~」

おばさんは頬を赤らめ、少し照れた様子でそう呟く。

「おー、良かったじゃん!」

「うん。陽大くん、ありがとね」

俺は頷き、リビングへと移動した。

「...高田さん。お久しぶりです」

「おー!陽大~!久しぶりだな~背、伸びたんじゃないか?」

髪を茶髪に染め、スーツも着崩しているサラリーマン《高田》はこちらに笑みを浮かべてくる。

「これ、俺の身長なんてあっという間に越しちゃいそうだな」

「あはは!確かにな!」

おばさんは普段より上機嫌からか、声が少し高くなっている。

「それじゃ、私ちょっと夕食作ってくるから仲良くしてろよ~」

そういい、おばさんが去ると高田さんは大きなため息を吐いた。

「あのさ、空気読んで出てってくんない?俺らこれからするから」

流石に態度急変し過ぎではないだろうか。

「は、はい」

少し、気に入らないが俺もおばさんに迷惑を掛けたくないので出ていくしかないだろう。

という事で、俺は財布とスマホだけ持ち家を出たのだった。


あれから、仕事が終わった俺は今日はるなも飯を作りに行く必要がないとの事なので、駅前で一人ぶらぶらしていた。

今日が金曜日ということもあってか、人通りも多くかなり混んでいる。

道を歩いていると人に押され道行く女性の肩が自分の肩に当たるのがわかる。

「やべえ、死にそう」

ということで、俺は戦線離脱することにした。

といっても家に帰るわけではない。

...家に帰れば《おばさんとあの人》二人の邪魔をすることになる。

色々と考えた結果、俺はお気に入りのあの場所へ向かうことにした。

都会の喧騒から3キロ程離れた所にある市立公園。

遊具が月明かりに照らされ、その様はまるで映画の一幕のようだった。

「まだ、ここあったんだ」

昔、俺とるなと祖父の三人でよく来たものだ。

「でもやっぱり錆びちゃうよな」

街灯の光が弱弱しく、分かりずらいがやはり所々錆びや削れあとがあった。

当時は新設の公園で何から何までピカピカだったのだが、やはり諸行無常というやつだろう。

園内はどこか哀愁すら感じられた。

「何やってるの?」

ベンチに腰を掛け、黄昏ていたら何やら聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

「...七海先輩。どうしてここに?」

「私、ここら辺が地元なんだよね~それで、今は買い物帰りって所かな?」

確かに以前、ここら辺に住んでいると言っていた気がする。

「君はどうしたのかな?」

七海先輩は優し気な、どこか取り繕うような笑みを浮かべた。

高校生男子が夜の公園で一人、何もせずに座っていたらそれは心配にもなるだろう。

「...別にとくにさして何もしてませんよ。自分で今、何をしているかわからないくらいです」

なぜ、自分でもこうなっているのかわからない。

...もちろん、分かっている。

よくある物語みたいに『主人公』だけが不遇な目に合う事なんてありえないし、俺以外の人もそれぞれ何を抱えているのだろう。

それはちさと、るな、七海先輩たちにも言えることだ。

頭ではわかっているし、早く割り切って次の一歩を踏み出さなければ何も変わらないということも分かっているが、どうしても消化しきれないのだ。

「...鈴見さんのことかな?」

七海先輩は恐る恐ると言った様子でそう問いかけてきた。

学校内でもかなり噂になっていたので、覚悟はしていたがどうやら知られてしまっていたようだ。

「...それも含まれますかね。まあ、でもあれです!俺の人生なんて悲劇の連続なんで、鈴見のことなんて0.1%くらいですよ。なので、大丈夫です」

俺は出来るだけ声色を明るくすることを心掛ける。

この人に何か話してもそれは苦悩を七海先輩にも植え付けるだけで、俺は変わらないし、誰も幸せになれない。

「...私に話してみてくれないかな?思いの丈を吐き出すとスッキリするし...」

普段の俺なら絶対に話していなかっただろう。

七海先輩とは委員会の仕事中に雑談をする程度の関係。

友達でもなければ、物凄く親しいわけでもない先輩後輩。

それ以下でもそれ以上でもない。

そんな人に迷惑を掛けるなんて、傲慢すぎる。

でも、ここで何かアクションを起こさなかったら俺は一生変われない気がした。

「実は...」

自分の思いを悲しみを吐き出していく。

友達でもない先輩に気を遣われる...

我ながら哀れだなと思うが、そんな俺のくだらない話にも七海先輩は真剣に頷きてくれた。

「...結局、俺は誰かに依存していたいだけだったんです。きっとあれだっておばさんに愛してもらえなかった埋め合わせを鈴見にしていただけだったのに、いざフラれるとこの様ですよ」

きっとるなにああしているのも、求められたいから。ただそれだけだ。

「...そっか」

七海先輩は少し悲し気な表情を浮かべた後、俺の隣に座ってきた。

甘いミルクのような香りが辺り一辺に広がる。

「俺が悪いんです。むしろ、すべて当然の報いなのかもしれません」

「そんなことないよ。私は委員会中の君しかしらないけど、君はどんなことにも一生懸命だし、凄いと思うよ...本当に頑張ってるよね?私も見習わないとね」

七海先輩は俺の頭を撫でながら微笑んで見せた。

細くしなやかな手が優しく動いてるのが、ハッキリとわかる。

でも、不思議と身体の調子は良好なままだった。

「なんか、ちょっと私がイライラしてきた。私からおばさんと鈴見さんに一言、言おうか?」

「ありがとうございます。でも、七海先輩にそこまでさせるわけにはいきませんよ」

どう恩を返せばいいかわかんらなくなるし、怒りはない。

「クシュ!」

向かい風が来たと思ったら、可愛らしいくしゃみが聞こえてきた。

確かに時間帯的にもかなり肌寒いし、七海先輩はジャンバーを軽く羽織っているだけなので、尚更だろう。

「長いさせてしまってすみません」

これで風邪でも引いてしまったら本当に面目が立たない。

「このまま外にしても冷えるし...もし、君さえよかったらうちに来る?」

七海先輩は照れなのか、はたまた寒さからかは定かではないが頬を体を縮こませそう問いかけてきた。

「さすがに悪いですよ。それに俺見ないなゴミカスを家にあげたら、ご家族も困るでしょう」

「大丈夫、大丈夫!一人暮らしだから」

「まったく大丈夫な要素ないと思うんですけど!?」

かくして?俺は七海先輩の家に行くことになったのだった。




~作者から

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