第3話 蜂と蛙は仲良くなれない

 列車のそばを飛んでいた武装ヘリコプターは、上空から機械蜂のを受けて墜落した。蜂による自爆攻撃で、上から突撃されてローターを破壊されればヘリコプターは弱い。


 列車内の兵士が外からの襲撃を迎え撃とうとするが、どうにもならない。標的が小さすぎるのだ。昆虫ほどの大きさしかない飛行物体が、大量に突っ込んできて自爆していく。死体となった兵士達のマシンガンは宙に浮き、蜂によって空を飛んで新たな銃殺体を生み出していく。


 かくして列車を護衛していた兵士は全滅した。横転した貨物列車の中には、まだホーネッツが居る。車両の出入でいぐちは頑丈な扉で施錠されているのだ。殺し屋の逃亡を防ぐためである。


 雀蜂すずめばちほどの大きさである機械蜂が複数、横転した車両の真上に飛ぶ。機械蜂にも様々な種類が居て、これは自爆タイプではない。蜂の目が赤く光り、そこからはレーザーが照射された。


 レーザーで四角形が描かれる。赤く焼けてもろくなった列車の壁に、自爆担当の蜂が突っ込む。壁は車内へと千切ちぎれて落ちて、そこには人が通れる四角形の隙間すきまができた。


 大量の蜂が列車の中に入って、その後、ホーネッツが隙間から浮き上がってきた。蜂が持ち上げているのだ。「ああ、自由だ」などと呑気に言っている、この男はきずの一つすら無い。拘束衣の長袖は、すでに蜂が切り落としている。自由に動けるようになったホーネッツは、地上へと下りて、悠然と歩きながら列車から遠ざかっていった。


 現在の位置はフロリダ半島に程近い場所で、線路一本だけが走る、だだっぴろい荒野のみがある。住宅街から遠い場所で、この惨劇があったのは不幸中の幸いなのであろう。ここに近づく者が居れば問答もんどう無用むようで殺されるのだから。


 黒煙を上げるヘリの残骸ざんがいも、大量の死体も、ホーネッツに取っては何の感慨かんがいかない。殺し屋というのは、そういう職業なのだ。医者が患者を死なせるのとは違う。殺し屋が死体を生み出すのは平常運転なのであって、むしろ今回の殺しが何の収益しゅうえきにもならない事が腹立はらだたしくはあった。


「蜂だって、無限に居る訳じゃないんだ。無駄に消耗しょうもうしちまったなぁ……」


 脱出に必要だったとは言え、かなりの機械蜂を使わせられた。自爆攻撃の結果、十万以上の数だった今回の列車襲撃に使われた蜂は今、わずかな数しか残っていない。まあ、アメリカ全土にある『蜂の巣』からき集めれば、まだまだ蜂はいくらでも居るのだが。


 ちなみに機械蜂は、自己増殖を続けている。自己フォン・複製ノイマン機械・マシンと呼ばれるタイプで、機械蜂はスラム街などから鉄くずなどを運んできては、それを材料として新たな機械蜂を作っていくのだ。材料の収集には、生物である改造蜂も使われる。『巣』がどのような機構なのかは謎で、ホーネッツとつながりがある企業のサポートもあるのだろう。異星人エイリアンのテクノロジーを入手したい企業というのは多いのだ。


「それもこれも、のせいだ。あいつからの襲撃が無ければ、警察に保護されて無駄に蜂を使う事も無かったのによ……」


 ぶつぶつと愚痴ぐちりながら、ホーネッツは荒野を歩く。彼の殺しは、手口に蜂を使う。その蜂が周囲に居なければ、ホーネッツは案外、一般人と変わらないのだ。ある程度の蜂は体内に収納できるが、異星人エイリアンの力を借りた殺し屋が相手だと、その数では対処できない。


 彼を目のかたきにしている殺し屋が居て、しかもは、依頼があって動いている訳では無い。只々ただただ、ホーネッツを殺したがっていて、収益も度外視どがいしして追ってくる。それが彼には分からなかった。金にならない殺しをして何が楽しいのだろう?


「非常識な奴が一番、怖いって事かね。特に恨みを買った覚えも無いんだが」


 蜂の群れを周囲に飛ばしながら、存在自体が非常識な殺し屋は荒野を歩く。タクシーの一台も捕まりそうにないが、座りづめで少し歩きたかったので問題は無かった。その気になれば移動手段もあるのだ。と、前方に人影が見えた。である。


「よぉ、ホーネッツ。脱出、おめでとう」


 スーツとシルクハットに身を包んだ、肥満体の男が陽気に呼びかけてくる。


「やぁ、フロッグ。うそだろ、列車を追ってきたのかよ」


 ホーネッツも調子を合わせて返す。二人の距離は二十ヤード以下で、西部劇なら撃ち合いが始まる場面だ。フロッグと呼ばれた男は、口の中に赤く光るものが見える。正体不明だが、宇宙からの生命体だとホーネッツは推測していた。この肥満体の男は、赤いスライム状の生命体に寄生されているのだろう。アメコミ作品で良く見た設定だ。太っちょの近くには車も無く、どうやって列車を追跡してきたのか分からなかった。


「嬉しいぜ、こうして会えて。それなのにホーネッツ、お前は俺から逃げ出してばかりだ。大人おとなしく俺に殺されてくれよ」

「冗談じゃないね。それより一杯、やらないか。リモートで遠距離からカメラ越しに見つめ合って酒を飲むんだ。きっと楽しいぜ」

「それこそ冗談じゃねぇ。お前は遠距離から蜂を飛ばしてくるんだろ。そうなる前に、俺がお前を殺すのが一番の自衛じえい手段じゃねぇか」


 それこそ誤解だとホーネッツは思っている。彼は基本的に、金にならない殺しをやらない。この野郎ロッグを殺すには大量の蜂が必要だろう。ひょっとしたら今回、列車から脱出するのにもちいた数より、大量の蜂が。どう考えても費用対ひようたい効果こうかわない。


「ホーネッツ。どうしても俺はお前を殺したくて、そしてお前が逃げ続けてる状況にウンザリしてるんだ。だから、お前が本気になる情報を教えてやろう。どうせ携帯も持ってないんだろ」

「ああ、警察に取り上げられたからな。何かニュースでもあるのかい」

「大ありさ、裏の情報だよ。さっき死亡デス賭博プールが開催されたのさ。表の世界の話じゃねぇぞ、国内の殺し屋を対象にした、今日から十日間の期限付きの話だ。俺やお前を含めた、十人の殺し屋がリストアップされてる。その中で期限まで、

「何だと……?」

「分からないのか。闇サイトが立ち上げた、バトルロイヤルの企画だよ。殺し屋十人を殺し合わせて、生き残った一人だけに賞金が支払われるんだ。それも史上最高額でな」


 続けてフロッグは、賞金額を告げる。その額は昔、アメリカがウクライナを軍事支援した時の額よりも多かった。


「……ありえないだろ。そんな金をどうやって用意するんだ」

「知らねぇよ。ま、どうせ政府ガバメントからんでるんだろ。お前が列車から脱出した途端とたんに発表されたニュースさ、タイミングが良すぎる。政府は俺達のりをあきらめたって事だ」


 まだホーネッツには、良く分からない。あきがおでフロッグが続けた。


「頭を使えよ。お前を施設で解剖しようとして、政府は失敗したんだろ。手にえない殺し屋達を始末する事に政府は決めたのさ。それには、どうすればいい? 簡単だ。馬鹿みたいに高い賞金を用意して、殺し屋同士で殺し合わせればいい。政府に取って最も恐ろしいのは、殺し屋達が手を組んで国家を転覆てんぷくする事だからな」

「殺し屋の数が減れば、アメリカの治安も良くなるし、残った殺し屋を始末しやすくなる。そういう事か……」

「ああ。闇サイトで行われる死亡賭博は、何があっても必ず賞金が支払われる。今の時代は現金以外での支払いも容易だ。それが分かっていれば俺達、殺し屋には充分だろうよ。報酬さえ保証されれば、俺達は誰だろうが殺す。それが俺達、プロってもんさ。違うか?」


 そうだ。全く、その通りだ。そうホーネッツは心の中でうなずいた。


「ホーネッツ。お前が列車を爆破してのがれた事は、もう他の連中も知ってる。俺が、お前を追跡している事も知られてるだろう。殺し屋二人が今、此処ここに居る訳だ。残りの殺し屋も来るだろうよ、俺達を殺しにな。さあ、まずは俺を殺さないと、お前の立場もあやういぜ?」

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