第9話 もう始まっていた

 いつからどこから始まったかは今でもわかっていない。

 きっとソレが目の前にいても、誰も、気づきもしなかったんじゃないかな。


「ねぇ、なんか性格変わったくない?」

「そかなー?」

「そだよー。そだ、前に犬に噛まれたって言ってたじゃん。それからくない?」

「えー?」


 あるときから、その人の、人となりがちょっと変わる。


 見えている変化がそれだけだから、変わることなんてよくあることだし、「イメチェンしたんだな」「心機一転したのかも」と、流してしまうんだろう。


 それがくつがえされたのは、ニュース中継で決定的瞬間の映像が流れたからだった。


 最近活躍中の妖怪のご当地祭りで、街に集まっていた人たちにインタビューするところで。


「では、さっそく」


 アナウンサーが手に持つマイクを祭りで賑わう人々に向けるものだと視聴者は信じていたし、祭りに集まった人たちも自分が選ばれたときの対応を楽しみにしていたはずだ。


 でも、アナウンサーは誰にもマイクを向けなかった。


 アナウンサーがなにかを拾うように身をかがめたかと思ったら、その身体は無数の突き出た針の塊になり、ソレは音もなく伸びて、ぐるりと集まっていた大勢の人たちを突いた。


 え……?


 テレビ画面から流れる映像を理解できなくて、テレビの前の誰もが言葉を失っただろうし、祭りの現場ではおそらく物理的に誰も言葉を発せられず、沈黙が流れた。


 突かれた人たちはバタバタと重なるように倒れたけれど、すぐにみんな何事もなかったみたいに立ち上がったので、世界のぬりかわりを見慣れた俺は「今なにか変だったけど、またぬりかわったのかな」としか思わなかったし、他の人たちも、強制力で誰も騒がなかった。


 いつの間にか元の姿に戻っていたアナウンサーから特にコメントはなかったのにも、「まぁ世界がぬりかわったんだから仕方ないよな」と俺は思っていた。


 むしろ違和感は、最初に想像していた通り、祭りに集まった人たちにマイクを向けてのやりとりが始まってからだった。


 アナウンサーと祭り客の会話のはずなのに、祭り客の年長者も幼児も、誰もがなめらかな滑舌かつぜつで、ハキハキ少しもとちることなく話す、内容もそつの無さすぎる会話なのだ。


 極めつけが、「では、スタジオにお返ししまーす」を、その場にいた全員で同じ笑顔を浮かべてハモったことだ。事前に打ち合わせしていたにしても、乱れがなさすぎてゾッとして鳥肌がたった。


「今の、なんか、おかしくね?」


 俺の問いかけに、膝の上で一緒にテレビを見ていた変な色の猫は棒読みでこたえた。


「みんな乗っ取られてたね」


「は!?」

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