04
「もう、本当に感動したわ……!」
バラの町、カフェにて。
俺たち四人は、テラス席の丸テーブルにつきながら、楽しく談笑していた。
ヨカさんは未だにうるうるとしている瞳をハンカチで拭いながら、熱弁を続ける。
「愛し合うことを親から許されない二人が、それでもお互いを好きだと思い続け、遠い町で駆け落ちする――素晴らしいストーリーだった! すごく面白かったわ!」
それを聞いたシェンルさんが、コーヒーに口を付けながら笑う。
「楽しんでいただけて何よりだよ。僕もあのお話、すごく好きなんだ。本当に、美しい恋愛だよね……」
「うん、うん、すごくわかる! ああ、思い出しただけで、また泣いちゃいそう……」
そんな二人のやり取りを眺めながら、俺はオレンジジュースを飲む。
口数の少ないシフィアさんの方を見ると、何やら難しげな顔を浮かべていた。ヨカさんもそれに気付いたらしく、彼女に話を振る。
「シフィアはどうだった? 面白かった?」
「……ん、ああ、よかったですよ? やっぱり愛情ってものは美しいですよね……まあでも、不思議な感情だと思いますけど」
「不思議?」
カフェラテに口を付けながら、ヨカさんは首を傾げる。シフィアさんは紅茶に視線を落としながら、ほのかに笑う。
「うん、不思議ですよ? だって、家族っていう大事な存在がいるにも関わらず、その人たちを捨ててまで二人でいたいって思う訳でしょう?
それは何だか、すごく危ういものでもありますよね。いやー、ボクにはわからない感情ですね……」
「え、でも、シフィアさんはラビトさんと付き合っているんだろう?」
シェンルさんに問われ、シフィアさんは「あ、やべーです」という感じの表情を浮かべた。どうやら俺と付き合っているという設定を、完全に忘れて喋っていたらしい。些かハラハラしながら、俺はシフィアさんの言葉を待つ。
「……そんな訳わからない感情を、ボクはラビたんに抱いちゃってる訳ですね。うーん、不思議ですね。神様の悪戯かもしれませんね?」
シフィアさんはそう言って、可愛らしく笑ってみせる。「わからない」を「訳わからない」に変更したことで、どうにか誤魔化せている気がした。
シェンルさんは「なるほど、神様の悪戯か」と笑う。それからヨカさんと目を合わせて、微笑んだ。
「僕がヨカさんに出会えたのも、神様の悪戯かもしれないね。あの日アネモネ・ストリートを通らなかったら、今こうして話せていなかったかもしれない。そう思うと、神様に感謝しなきゃいけないな」
「ええっ! えーと、その……」
ヨカさんはもじもじとしながら、俯く。本当にこの人、恋愛に不慣れなんだなあ……俺はそんなことを考えながら、彼女の様子を見守っていた。
ふと、シフィアさんの方を見る。
彼女の目はどこか、冷たさを孕んでいるように見えた。俺は驚いて、思わず凝視してしまう。シフィアさんも俺の視線に気付いたらしく、こっちを向いた。
「ん、どうかしましたか、ラビたん?」
そう告げる彼女の目付きは、普段通りの優しいものに戻っていて。
「……いえ、何でもないっすよ」
「ああ、もしかして見惚れちゃってました? ラビたんったら可愛いですね?」
「そ、そんなことないっすよ!」
慌てて否定した俺に、テーブルを笑い声が満たす。
俺もつられて笑ったけれど、さっきのシフィアさんの目付きは、どうしてか心に残り続けていた。
*
段々と陽が落ちてきて、夕暮れの気配がバラの町を満たしていた。
「最後に、すごく素敵なスポットに皆さんを案内したいんだ。よかったらついてきてくれるかな?」
シェンルさんにそう言われ、俺たちは「すごく素敵なスポット」とやらに向かっていた。前を歩いているシェンルさんとヨカさんを眺めながら、俺とシフィアさんは少し後ろを歩いている。
会話が途切れて、ふとカフェでのシフィアさんのことを思い出した。聞いてみようと思って、俺は口を開く。
「あの、シフィっち」
「んー、何ですか?」
「なんか……カフェで、冷たい目みたいなの、してませんでした? 俺の気のせいかもしれないんすけど、ちょっと気になって」
「ん、ああ……めざといですね、キミ?」
シフィアさんはそう言って、微かに笑う。それから、少し声のトーンを落として再び話し出した。
「別に大したことはありませんよ? ただちょっと……シェンルさんに、違和感があったんです」
「違和感っすか?」
俺も声を抑え目にしながら、シフィアさんと話す。
「うん、そうです。何て言えばいいんでしょうか……ちょっとだけ、『同族』の香りがしたんですよ」
「同族?」
「はい。……ボクは嘘つきだから、人が嘘をついているとき、何となくわかるんですよ。巧妙に隠されてはいますけど、彼からはそういうものを、ちょっとだけ感じるんです」
俺は頷いて、前を歩くシェンルさんの後ろ姿を見た。今日を通しても、好青年という印象がやっぱり強くて、俺にはシフィアさんの言っていることがいまいちわからなかった。
「ま、ボクの気のせいかもしれませんけどね。それが一番いいです」
シフィアさんはそう言って、柔らかく微笑んだ。
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