02

「……ということが、あったんすよ」


 扉に閉店カードを掛けたあとの、感情雑貨店グレーテアにて。

 俺は先ほどの事の顛末を、シフィアさんに話していた。店内にはシフィアさんとヨカさん、そして俺の三人がいる。


「ええー、めっちゃ面白いじゃないですか、その話! あー、ボクが迎えに行けばよかったですね、ヨカちゃんのこと」

「面白くないわよ! ど、どうしていいかわかんなくて、困っちゃうんだけれど……」


 ヨカさんは両手の人差し指をつんつんしながら、俯いている。そのどこか初々しい様子に、俺は一つの疑問を口にする。


「そもそもヨカさんって、恋愛経験とかないんすか?」

「な、何よ突然!」

「え、いや、ちょっと気になりまして。君の反応が、余りにも恋愛に不慣れな感じなので」


「ふ、不慣れとか言うなバカー! れ、恋愛経験なんてないわよ!」

「エエッ!?」

「何よその驚き方は! 目を見開きすぎよ!」

「いやだって……」


 俺はヨカさんのことを見つめる。正直に言ってしまうと、ヨカさんは俺が今まで出会った人の中で、一、二を争う美しさだ。何というか、引く手数多なイメージがあった。勝手に。


「だって、何よ?」

「ほら、君って超美人じゃないっすか。だから今、彼氏の二、三人いてもおかしくないと思ってたんすよ」


「彼氏が同時期に二、三人いたらまずいでしょ! いやほんとに、彼氏とかいたことないし……」

「あ、逆に、彼氏はいらないとかっすか?」


「ええ……? えっと、その、そういうことに興味、なくはないんだけれど……」


 もじもじとした様子で、ヨカさんは言う。不覚にも可愛かった。


「ヨカちゃん激カワですー! やばいですよー!」


 シフィアさんも同じことを思っていたようで、ヨカさんにべたべたとくっつき始めた。


「ちょ、ちょっと、離れなさいよシフィア!」

「やですー。ヨカちゃんのほっぺた、ふにふにですねー」

「や、やあっ! 弄ぶなー!」


「このふにふにさ……まるで、お餅のようです」

「人の頬をお餅に例えるなー!」


 ヨカさんがかっかと怒り出したので、シフィアさんは「あはは、冗談ですよ?」と笑って彼女から手を離した。


「まあヨカちゃんの恋愛経験が皆無なのは知ってたんですけど、ラビトくんはどうなんですか?」

「え、俺っすか? えーと、今は誰とも付き合ってないっすよ」

「今『は』、ってことは……」


 助詞に目を付けたヨカさんが、まじまじと俺の顔を見る。誤魔化すのも面倒くさかったので、俺は素直に話すことにした。


「二人、付き合ったことありますよ。どちらも学生時代っすけど」


「えええ、そうなんですかー! ラビトくん、大人じゃないですかー!」

「くっ……ラビトでさえ恋愛経験があると言うのに、わたしは……」


 きらきらと目を輝かせるシフィアさんと、落ち込んだように額に手を添えるヨカさん。何というか、二人の対比がとても鮮やかだった。


「まあ俺の話はいいんすよ。シフィアさんはどうなんすか?」

「んあ、ボクですか? ボクもヨカちゃんと一緒ですよ? 恋人とかいたことないです」

「それもまた意外っすね」


 シフィアさんはシフィアさんで、随分と可愛らしい顔立ちをしているし、何よりコミュ力が高くてすぐに人と仲良くなれる性格だ。ヨカさんとはまた別ベクトルで、人気がありそうなものだけれど。


「それにボクはヨカちゃんとは違って、あんまし恋愛とかわかんないですからねー。まあ……すごく大切だなあって思った人は、いますけど」


 シフィアさんはそう言って、耳に付けている赤い宝石のイヤリングに触れる。彼女の表情は、どこか切なげだった。それはシフィアさんが時折見せる表情で、俺にはまだその意味がよくわかっていなかった。


 シフィアさんは改めて、ヨカさんの方に向き直る。


「ボクの話はさておき。ヨカちゃん、恋人が欲しいなら、シェンルさんとのデートに行ってみればいいじゃないですか」

「ええー、そうかな……?」


「そもそもヨカちゃんは今日の会話を通して、シェンルさんにどういう印象を抱いたんです?」

「えー、印象かあ……うーん、かっこいい人だなあとは思ったけれど……」


 俺とシフィアさんは顔を見合わせる。

 これはもしかすると……ちょっと脈アリなのではないだろうか?


 空想の中のシェンルさんに「よかったっすね」と言いながら、俺は口を開く。


「そういうときは、デートに行くべきっすよ! 若干気になるくらいの異性とは、まずデートに行ってみるのが一番っす!」

「ボクもそう思います! たかがデート、されどデートですよ! ゴーゴーです!」


 囃し立てる俺とシフィアさんに、ヨカさんはじとっとした目を向ける。


「えー、でもなんか、いきなり二人でお出掛けするのってちょっと怖くない……? もし危ない目に遭ったりしたらやだし……」


 ヨカさんはそう言いながら、目を伏せる。どうやらこの人は、男性というものを余り信頼していないようだ。


「ふーむ、まあそれも確かにです。どうしたものですかねー……」


 シフィアさんは腕を組んで、考え始める。少ししてぱっと顔を上げて、にやりと笑った。


「わかりましたよ、ヨカちゃん」

「な、何がわかったの?」


 ヨカさんに尋ねられ、シフィアさんはどこか得意げに、人差し指を立ててみせる。



「ダブルデートすればいいんですよ、ダブルデート!」



「ダ……ダブルデート……!?」


 ヨカさんは慄いたように、その言葉を繰り返した。シフィアさんはこくこくと頷く。


「そうです、ダブルデート。ダブルデートはいいですよ? 一対一じゃないから安心だし、四人いるから盛り上がる。最高だってこの前お客さんに語られました」


 どこか遠い目をしながら、シフィアさんが言う。シフィアさんにダブルデートのよさを語るお客さん、想像してみると割と面白い構図だった。


 ヨカさんはシフィアさんの言葉を、自分の中で反芻しているようだった。


「な、なるほど……。で、でも、ダブルデートってことは、もう一組カップルを探さなきゃじゃない! わたし、カップルの知り合いとかいないわよ?」

「まあヨカちゃん、交友関係が驚くほど狭いですもんね」


「うるさいわね!」

「あはは、ごめんなさい。でもヨカちゃん……最大の可能性を、忘れちゃあいませんか?」


 シフィアさんはそう言って、おもむろに俺の肩に手を置いた。それからにやっと笑って、声を発する。



「ボクとラビトくん――この二人が、カップルになればいいんですよー!」



 その言葉に、俺はとてもびっくりする。ヨカさんもとてもびっくりしたらしく、「はええ!?」という声を漏らした。


「え、俺、シフィアさんと恋人になるんすか!?」

「ちっちっち、あくまでもですよ、ラビトくん? 全てはヨカちゃんのデートを見届けるために! ボクと協力しましょうよー」

「なるほど、恋人役っすか……」


 考え込む俺に、ヨカさんは困ったように笑う。


「甘いわね、シフィア。そんな提案をラビトが呑む訳ないじゃない? 突飛すぎよ?」

「……いいっすよ!」

「割とすぐ呑んだー!」


 愕然としているヨカさんに、俺は笑う。


「正直ヨカさんのデート、間近で見てたいっすからね。どんな感じの姿が見れるのか、楽しみっす」


「ボクも超楽しみですよ? いやー、パフェを『あーん』とかされちゃって照れる可愛いヨカちゃんが見れるの、わくわくしますねー!」


「う、ううー!」


 ヨカさんは恥ずかしそうに、ぷるぷるとする。


 ――こうして俺とシフィアさんは『偽カップル』になり、ヨカさんのデートにくっついて行くことになったのだった。……いや、冷静に考えるとどういう状況?

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