1-3 『誘い』
「レイラ。こんにちは」
翌朝、私の元に友人が訪ねてきました。
自身と同じく小柄で、濃い紫のミディアムヘア。目元は前髪で隠れていてよく見えず、魔女の正装――黒いローブと鍔広帽子を纏っているせいか、見た目は暗い印象を受けます。
彼女は友人の一人、ルーナ。少し臆病で内気ですが、とてもいい子です。
「こんにちは、ルーナ」
彼女に限らず、ここ北方には陰気な魔女が多いです。寒いのは言わずもがな、一年を通して日差しが弱いこともあり、思考がネガティブに陥りやすいんですね。
明るい魔女もいるにはいますが、それでも他の地域と比べると北方はその傾向が強いと言えるでしょう。
かくいう私も根が陰気な方ですが、これでも幾分マシな方だと思われます。
「今日は何のご用で?」
「その、お母さんに頼まれてこれを……」
彼女は洋紙の切れ端を差し出しました。そこには薬品のリストが書き連ねてあります。
「えっと……一類解毒剤と、精力剤ですね」
我々魔女にも『職』という概念があります。私は『
「精力剤はマンドラゴラ由来のもので構いませんか?」
「うん。無ければ他のでもいいよ」
「了解です。解毒剤は在庫を切らしているので、今調合しますね。少し待っていてください」
「そういえばレイラ、聞いた? 事件のこと」
机で作業に取り掛かっていると、ふとルーナが尋ねました。
「え? ああ……人間が消えたらしいですね。遺憾ですよね」
平静を装い答えます。私がやったとバレるわけにはいきません。
しかし彼女は
「……レイラじゃないよね?」
「えっ? や、やだなあ。そんなわけないじゃないですか。何言ってるんですか?」
慌てて取り
「そうだよね。いくらレイラでも、そんなことはしないよね……」
「そうですよ。あははぁ……」
何とか誤魔化せたことに安堵します。
……誤魔化せましたよね?
「あの……それから、レイラ。今晩、暇かな……?」
薬剤の調合を済ませると、ルーナは再度尋ねてきました。
「はい、予定は何も……何か用ですか?」と返しつつ、しかし薄々その意図を察していて。
「その、今晩ラスティの家で【
(やっぱり……)
それには辟易していました。ルーナから誘われるのも初めてではありません。
実を言うと最近は、他の子からも同様の誘いを何度か受けていました。もちろん全部断っていますが。
では、ここでそれについて可能な限り説明しておきましょう。
我々魔女は、【
これは魔女が夜な夜な一同に会して、皆で『とある行為』に耽るという伝統行事です。そこで何をするのかと言えば……あまり声を大にしては言えないことです。お察しください。
その内容から、未成年(十五歳以下)は参加禁止とされています。私は去年から参加できますが、十六年生きてきて一度も参加したことがありません。見学は興味本位で何度かありますが。
人間や他種族の間では『汚らわしい催し』などと揶揄されているようですが、全くもってその通りだと思います。
「……私とですか?」
「うん……ダメかな?」
「いえ、お誘いは有り難いのですが……」
私は目を泳がせ(どうしたものか……)と頭を悩ませました。ルーナは良い子なのであまり邪険にしたくないのです。数少ない友人ですし。
しかし何も、『同性だから』という理由で拒絶しているわけではありません。
と言うのも、私は同性愛者です。というか大抵の魔女はそうです。何せ、生まれながら同性しかいない種族ですからね。これに関しては掟で『人間との恋愛』が禁止されているのも大きいでしょう。
彼女の誘いに乗ることが出来ないのは、単純に好みの問題です。自分が好きなタイプは『頼り甲斐のある年上』なので、ルーナのように可愛いらしい娘は友人の域を出ません。
というわけで私は、咄嗟に嘘をついてしまいました。
「あ、そ、そうでした。今晩は実家に呼ばれていましたっけ。すみませんが、また今度お願いしますね」
「……そうなんだ。じゃあ、他の子と行ってくるね」
「はい。楽しんできてくださいね」
誘いを丁重に断り、調合を終えた薬品を手渡すと、ルーナは微笑みつつも残念そうに去っていきました。
(ごめんなさい、ルーナ……)
申し訳なく思いますが、
「ニャーニャア、ニャア」(行って色々発散してこいよ、ご主人)
ピートが誂いながら言いました。
「行きません。セクハラですよ」
冗談じゃないです。私には、平時でも性に乱れている暇などないのです。まして大勢の命を奪っておきながらそんな不埒な行為に耽るなど、不謹慎極まりないでしょう。
「……」
私は床の魔法陣を見下ろしました。
(そんな暇なんて……)
そう、今はこの『謎の魔法』を解明しなければならないのです。
因みに当然のことながら、一晩寝て起きた所で状況は何一つ変わっていませんでした。
(……とりあえず、見てみますか)
私は杖を取り出し、恐る恐るそれを覗き込みました。
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