1-4 『ロザリンド訪問』

「うーん……どういう原理……?」


 私は眉間に皺を寄せながら、床に描かれたそれを観察していました。

 しかしこの儀式魔法、見れば見るほど謎が深まるばかりです。先程から術式を読み解こうと試みてはいますが、その内容は一向に謎。


「お姉ちゃーん」

 その時、玄関から馴染み深い声が聞こえてきました。まあ、敷地内に降り立った二つの魔力には少し前から気付いていたのですが。


(……っと、その前に……)

 出ようとした所で床の魔法陣を思い出しました。慌てて杖を振り、その上に絨毯をかけてから玄関に向かいます。


 ドアを開けると、そこには予想通り二人の魔女がいました。

「ご報告に来ましたー♡」

「お久しぶりです、レイラさん」

「こんにちは、ロザリィ。リゼッタも。おめでとう」

「ありがとー♡」


 彼女はロザリンド。私の妹です。

 隣の灰髪の女性はリゼッタ。同じく魔女で、妹のパートナー。


「レイラさん、聞きましたか? 例の、人間が消滅した事件」

「え? あ、ああ、はい。大変みたいですね人間も。あはは……」

 不意を突かれドキッとするも、なるべく平静を装い答えます。


「……あれ、お姉ちゃん絨毯じゅうたん敷いてたっけ?」

「あ、ああ。試しに敷いてみてるだけですよ。すぐに剥がすと思います」

 入居当初は敷いていましたが、ピートが爪研ぎに使ってズタボロにするので仕舞っていたのです。


「ふーん……」

 ロザリンドは若干怪しむような目を向けました。

 今、あの【儀式魔法陣】を誰かに見られたくはありません。たとえ妹夫婦であっても。それにこう見えて、妹は結構鋭いのです。


「……まさか、お姉ちゃんじゃないよね? あの事件起こしたの……」

「えっはあ? いやいや、違いますよっ」

 妹は不安気に尋ねました。よく見るとリゼッタの視線にも、若干疑いの色が表れている気がします。


(二人とも、そんな目で見ないでくださいよ……)

 ルーナに引き続き、会う人全員に疑われています。

 ただ原因は大体察しがついていて、つまり私が過去何度も――きたから。


 白状しましょう。

 実は私は、北方きっての『騒がせ魔女トラブルメイカー』。


 最初のそれは記憶にありませんが、当時実家で仕えていた母の使い魔(猫)を、一緒に遊んでいる時に遠くへ【転移】させてしまったと聞いています。


 それから今日に至るまでの十六年間。私は少なくとも年に四、五回は何かしらやらかし続けてきました。


 おかげで私は一部から『やらかしレイラ』などという不名誉極まりない渾名で呼ばれています。屈辱ですが事実なので仕方がありません。


「でもよかった。お姉ちゃん、元気そうで……」

「え、ええ。元気ですよ……?」

 この時ロザリィは、私を憐れむような目を向けている気がしました。例の件で疑われているわけでは無さそうなので、とくに気には留めませんでしたが……。


「式には来てくれる?」

 式というのは、近々催される二人の挙式のことでしょう。

 そう、妹は結婚するのです。

「もちろん行きますよ。演説スピーチは御免被りたいですが……」

「ごめん、もうお姉ちゃんに指名しちゃった♡」

「……」


 大勢の前で演説するのは苦手です。

「……まあいいでしょう。可愛い妹の晴れ舞台ですし」

「ありがとー♡」

 ロザリンドは私に抱きついて、頬にキスをしました。

 勿論これは日常的な挨拶の一環。女しかいないからか、魔女の間でそれは割と普通に行われます。まあそれを抜きにしても、妹はその手のスキンシップが多いですが。


「日にちが確定したら連絡するね」

「わかりました。お幸せに」

「ありがとー。またね、お姉ちゃん♡」

「失礼します、レイラさん」

 妹夫婦は手と幸せを振りまきながら、仲良く同じ箒に跨がり飛んで行きました。


 ところで、私の両親はどちらも女性です。というか魔女は皆そうです。

 そして魔女に限らず、この世界において同性婚は至って普通のこと。更に言えば、女性同士で子を成すことも可能です。


 そう。この世界では繁殖に必ずしも異性を必要としません。そのせいか国民の殆どが女性の国もあるくらいです。

 それも全ては、【魔法】あるいは【魔術】のおかげと言えるでしょう。


「ニャー?」(行ったか?)

 妹夫婦が去った直後、地下室の扉からピートがそろそろと現れました。

「また隠れてたんですか?」

「ミャアー」(だってよー)


 子供の頃から、彼はロザリィのことが苦手です。何でもやたらと抱き着かれたり、頬ずりをされるのが嫌らしいです。

 こうして習性だけ見ると妹の方が猫みたいですね。因みにリゼッタによるとそっちの意味でもネコとのことで……はい、何でもありません。


 さて、それでは私も動くとしましょうか。

「ニャア」(出掛けるのか?)

「はい。ちょっと街まで」

 街とは人間社会のそれです。目的については後ほど。


「じゃあ、行ってきますね」

 私は箒を手に取り、しゃがんでピートの頭を一撫で。

「ニャアン」(気をつけてな、ご主人)

「ええ。夕飯には戻ります」

 私は使い魔としばしの別れを告げてから、箒に跨がり、薄っすらオレンジ色の空へ向かって飛び立ちました。

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