1-2 『どうしよう』

 授業後は周辺でキノコや木の実、果物を採集しつつ帰ります。これらは我々魔女の主食です。


「ふう……」

 教室から歩いて一〇分ほど。森の中にひっそりと佇む煉瓦れんが造りの家屋は、ごく一般的な魔女の住居です。


「ニャー」(おかえり、ご主人)

「ただいまです、ピート」

 帰宅すると、【使い魔ファミリア】の黒猫=ピート(♂)が出迎えてくれました。


 独り立ちした魔女は最低一匹の使い魔を従えています。それは主従契約を交わした動物で、我々魔女の力となってくれる頼もしい存在です。


 初めは不安だった一人暮らしも、ピートがいてくれたおかげで思いの外寂しくはありませんでした。

 そんな彼は、私が成人する際に師匠がプレゼントしてくれました。と言っても、元は私の実家で生まれた子なんですけどね。


 あ、師匠についてはまた後ほど。

 ……あの人のことを思い出すと、具合が悪くなるので。


 それからシャワーを浴びた後、暖炉の火と燭台の灯りが照らす居間で、私は細やかな夕食を楽しんでいました。


 テーブル上にはライ麦パン、サーモンと玉ねぎをサワークリームで和えたマリネ風サラダ、それから特製キノコスープ、グラスには自家製ぶどうジュース。そしてデザートのリンゴが一つ。

 魔女は果物が好物で、私はとくにリンゴを好みます。北方のリンゴは世界一だと思います。


「あー、おいし……♡」

 キノコの旨味たっぷりのスープに、思わず頬が綻びます。

 私はキノコが好きです。可愛いし美味しいし栄養満点ですし。たまに毒キノコに当たりますが、それもキノコ食の醍醐味。それに魔女は人間よりも色々と丈夫なので、食中毒で死ぬことはまずありません。


 ただマヒダケやワライダケならともかく、催淫及び発情作用のあるインビダケや、精神に深刻な異常をきたすサイコダケ等には注意が必要です。実を言うと私は過去にそれでやらかしたことがあります。何がとは言えませんが……。


(……やらかし……?)


 自らの思考に何か引っ掛かりを覚えた私は、一旦食事の手を止めました。

(……はっ)

 すぐにその違和感に思い当たり、床の絨毯を見やります。


「……あー……」


 忘れようと努めていた、思い出したくないことを思い出してしまいました。

 幸せな食事が一転、辛い現実に引き戻されます。

「……どうしよう……」


 そうでした。私はやらかしてしまったのです。


 あの後私は【魔法の水晶】を用いて、この世界に何が起こったのかを透視してみました。

『そんな……』

 それは衝撃的な光景でした。驚くべきことに、ここ北方中の都市や街から人間――それも『男性』だけが消え去っていたのです。


 ――そして、その原因は恐らく……。


「ニャオン」(ご主人、これ放っておいて大丈夫なのかよ)

 ピートはの上を歩きながら尋ねました。

「……わかってますよ。静かにしてて下さい。てか踏まないでくれますか」


 ため息を吐き、今後について考え込みます。

(……どうしよう)

 私は食事を終えるなり絨毯を引き剥がし、床に描かれたそれを見下ろしていました。


 脳裏にあの晩のことを思い浮かべます。あれは事故でした。しかし、だからといって許されるわけではありません。


 恐らく人間社会は今、平穏な魔女の日常とは裏腹に混迷を極めていることでしょう。

 それも全ては自分が招いた事態です。私がこの『謎の魔法』を発動してしまったが故に、大勢の人間を不幸にしてしまったのは疑いようのない事実。


(考えろ、レイラ……)

 私はしばし長考に耽ってから、やがて自身が今為すべきことを理解しました。

「……よし!」

 右手に杖を構え、意気込み――

「――寝ましょう」

 そのまま寝室へ。杖を振って瞬時に寝巻き姿となり、ふかふかのベッドに身を沈めました。


「ニャー」(逃げたな)

 ピートが寝室に入るなり私を見上げ、呆れたように言いました。

「人聞きが悪いですね、別に逃げてません。眠いんですよ。なので寝ます」

 そう、今日はもう寝ます。睡眠は大切です。睡眠大好き。

 あれこれ考えるのは明日にしましょう。それにもしかしたら、一晩寝て起きれば全て解決しているかもしれないですし。


 ――そうです。


「……全部、悪い夢だったのかも」

「……」

 つい物憂げに零すと、ピートは何も言わずに床で丸くなりました。


「……ん」

 そのまま寝ようとしていた所、とある衝動に駆られ上体を起こしました。

 詳しくは伏せますが、私のように繊細な乙女の心が不安でいっぱいになると、とある感情がこみ上げるんですよね。


「……ピート。ちょっと来て下さい」

「……ニャーオン」(……またかよ。てか寝るんじゃないのかよ)

「いいから黙って来る。すぐ来る。ほら早く」

 ポンポンとリズミカルに枕元の辺りを叩くと、ピートは心底面倒くさそうに顔を顰め、渋々歩み寄りました。

 一応断っておきますが、今から彼に何かをさせようというわけではないですよ?


「……では……」

 私は自身の杖を引き寄せ、早速それを開始しました。


 はい、ここからは魔女のプライベート・タイムです。

 それではまた明日お会いしましょう。おやすみなさい。

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