第81話 汝を呪う 後編


 カトレリアの宝石を用いたオーウベンの魔術が襲来する。鋭い青の魔術が軌跡を宙に描き迫る。

 数は三つ。

 中央に一つと、両端から弧を描いて二つ。

 追尾式の魔術では無いので回避は容易。

 フェルディナンドたちは一斉に蜘蛛の子を散らすように花畑を逃げ回る。彼らに踏まれた呪い花の花弁が宙を舞う様は見た目だけは美しい。

 そして三つの魔術がフェルディナンドたちが先程まで居た場所へ直撃する。地面を激しく揺らし、着弾した場所にあった呪い花が一斉に砕け――花弁や蜜をまき散らす。

 

 蜜に触れれば終わりだ。それを理解しているフェルディナンドは誰よりも遠くへ逃げる。ハイドレンシーとの戦闘で無数の掠り傷を負った彼は、普段以上に気を付けて移動せねばならない。

 距離を取りつつ、オーウベンの展開する防御魔術突破の一手を狙う。技巧銃の弾丸は温存しなければならない以上、相棒の刺剣が頼りだ。


 一方でヨドウやウンガたちは一見するとバラバラに逃げているように見える。だが、事前に決めていた組み合わせを崩させていない。

 それぞれ騎士と兵士で二組と、そしてヨドウ、ウンガ、メイガンの三人で一組。これを崩すことなく、兵士たちは適宜射撃を放ってオーウベンの防御魔術の破壊を狙いつつ、時には彼の魔術の邪魔をする。

 その最中、大樹から伸びた蔓が銃を構えたメイガンに襲い掛かる。気付くのが遅れて逃げる時間もないメイガンだが、素早くウンガの元から駆けたヨドウ――彼の手に大国職人の頑丈な剣が光る。

 流星光底――鋭い鉄刃の一撃が蔓の先端を切断する。切断面から不気味に輝く血のような液体、恐らくは蜜が噴き出した。

 思わぬ反撃を受け、蔓はまるで渇きに苦しみ呻くミミズの様に暴れ狂う。何度も地面に打ちつけるせいで、周囲の花が次々と散っていく。

 

「おや、再生をしない? もしや、その剣、何処かで常世の力を得た?」

 その光景を興味深そうに見ていたオーウベン。

 彼の言葉に何か不穏な気配を感じたのだろうか。敵であるオーウベンに、ヨドウは言う。

「せいぜい、サイスィノテラを斬ったぐらいだ」

「サイスィノテラを斬った……ふむ、もしや、常世花は進化をし続けている? 或いは、花同士で生存競争を始めた? 何と面妖な、やはり常世の存在は未知数ですね」


 オーウベンは戦闘の最中にも関わらず、足元の呪い花の観察を始める。完全な隙ではあるのだが、頑丈な防御魔術のせいで彼に攻撃は届かない。

 その間にも数本の呪い花を手にするオーウベン。彼は数秒呪い花を見続けていたが、それだけでは満足な結果は得られないようだった。


「常世花の研究もしたいですね……さっさと貴方たちには消えてもらいましょうか」


 呪い花をパッと手放したと思うと、オーウベンは一つの宝石を取り出した。柘榴石の赤い煌めきに魔術の青い光が纏わりつく。

 宝石魔術の到来。フェルディナンドは身構えるも、柘榴石による宝石魔術の内容を知っていた為に思わず構えを解いた。。

 何故なら、柘榴石を用いる宝石魔術に攻撃性能は無い。道しるべの宝石とも称される柘榴石なだけに、その効果も洞窟や夜間などで使用する灯に使われるのが殆ど。

 後は魔術師が行くべき道を示す、ともあるが――どちらにせよ攻撃に使用できる魔術ではない。

 しかし、オーウベンが次に見せた魔術にフェルディナンドは驚愕させられることになった。


「『そこに道を示せガーネット』――変容チェンジ――『その道は我が征く道ぞ、そこをどけオルター・ガーネット』」


 オーウベンの詠唱。炎を纏いし柘榴石がフェルディナンドへ向かい飛来する。

 フェルディナンドは瞬時に柘榴石の急襲から身を翻して回避する。彼のいた場所に咲いていた呪い花が燃え上がる。

 オーウベンが見せたのは魔術の一つ、変容魔術。

 魔術として成立しているモノに強引な魔力による干渉を加えて、本来の魔術とは全く違った魔術へと変える術。

 魔術ごとの要素を不変の軸として、発展と改良・研鑽を常識とする魔術師界隈にとっては忌み嫌われる魔術の一つ。

 これまで多くの魔術師を相手にしてきたフェルディナンドも知識として知っていただけで、直に見たのは初めてだった。恐らくだが、今の若い魔術師は名前すら知らないだろう。


 獲物を逃した炎を纏う柘榴石が大きく弧を描くと、再度フェルディナンドを狙って追尾してくる。刺剣を構えて魔術返しを狙うが、小さく機動力の高い宝石はまるでトンボを思わせる機動力で飛来してくる。

 執拗な柘榴石からの攻撃にフェルディナンドは完全に釘付けにされ、技巧銃を構える暇すらない。ヨドウたちもオーウベンの防御魔術を一向に突破できておらず、大樹からの蔓攻撃によって苦しい状態だ。

 

 このままではオーウベンの野望が果たされる。

 ベラトリアは彼の防御魔術を破壊しろと言ってきた。僅かに罅は入っているが、壊れる予兆は全く無い。

 刻一刻と時間が過ぎてゆく。

 一か八か――突っ込むか、フェルディナンドが最後の一発を残した技巧銃を構えようとした時だ。オーウベンの青い瞳が、扉の方へ向いたことに気づく。

 そこには扉に身体を預けながら、不敵に微笑むベラトリアがいた。その青い目がオーウベンを強く激しく睨んでいる。


「おやおや、生きていたんですね。姿を見ないので、もう既に死んだのかと思いましたよ」

「死ねる訳が無いでしょ……貴方を殺すまでは、ね」


 ベラトリアはそう言っているが――フェルディナンドたちは彼女の行動が理解できなかった。全員が彼女の方を見て呆然としている。

 防御魔術の破壊など出来ていない、そんな中ベラトリアは入ってきたのだ。一体、どうする気なのか。

 仮にベラトリアが切り札を使ったとしても、それが魔術である以上はオーウベンの防御魔術を貫通することは出来ないはず。


「なるほど、防御魔術を破壊した状態でワタクシを殺す気でしたか。しかし無駄です、常世花の力を使う以上、それは魔術なのですから――これは突破できませんよ」

「ええ――だけど呪いは魔術よりも、ずっと原始的な魔術とは違った基礎を持つモノなのよ?」


 ベラトリアの胸元に咲いた花が光る。

 その瞬間だ。

 カトレリアの宝石が花畑の中に落ちた。

 オーウベンはゆっくりと己の左手を見る。

 彼の手は灰のような色と化し――指先から掌にかけてゆっくりと崩れ落ちていた。

 

「『汝を呪うDeadly Nightshade』――この花と併せて我、汝を呪う。如何に強力な防御魔術と言えど、呪いは目と目を介して成立する」

「――っ!」


 呪いを告げたベラトリアにオーウベンは初めて驚愕の顔を見せた。

 同時に彼は足をふらつかせる。よく見ると、右足も灰と化した――彼のズボンはあるべき脚を失い薄い布となる。

 そのままオーウベンはバランスを失い大樹へ倒れ込む。彼が何とか身体を起こそうとして右手に力を入れたのだが――それは悪手だった。既に灰色と化した右手は、力に耐え切れずパッと灰を散らし、オーウベンの右腕も消し飛んだ。


「こんな、こんな結末――決して、決して認めるわけには――」己の顔をついに灰色にさせながらも諦めようとしないオーウベン。


 彼に幕引きを言い渡す様に、ベラドンナは言葉を告げた。


「『灰は灰に塵は塵に芥は芥にDust to Dust』――呪い死になさいオオウベ」


 ベラドンナの言葉を最後に。

 オーウベンは衣服を残したまま――灰として消えた。

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