第12話 見かけによらない

 ベラトリアが向かったのは部屋中に本が納められた棚がある部屋。アトローファが持ち込んだ物からこの地に元よりあった物まで、内容に関わらず集めたもの。

 魔術師である以前に読書家でもあるベラトリア。一日に分厚く専門的な本を数十読み、読み慣れた本なら一字一句間違えることなく記憶だけで内容を書き写せるほど。幼少期から本を読むことで培ったこの能力は、魔術師という一日の多くを本に費やす身として大いに役立った。

 広げた片手の上に魔術で生成した光源を頼りに暗い室内を進む。種類ごとに細かく分けられた本の背を指でなぞり、目的のものを探す。

 探していたのは常世に関する内容が記された本。最も常世を書いた本は極めて少なく、ベラトリアが所持していた三冊を除けば、この地で見つけられたのはたった二冊。その内一冊は噂や迷信ばかりのものだ。

 とはいえ、今は花喰蝶の情報を集めることが最優先。ベラトリアは常世に関する本以外にも、各地の神話や民俗学を扱ったものを片端から集めて机の上に置いてゆく。

 都合二十冊、机の上に置いた様々なジャンルの本をベラトリアは時間をかけて読む。

 

 常世の虫、或いは花喰蝶。

 常世に住まい呪い花を食べる芋虫。

 そして常世で魂を運ぶ黒い蝶。

 この二つを常世の虫並びに花喰蝶と呼称する。

 ただし、花喰蝶という名を多く使用していたのは常世信仰衆。

 

 取り合えず、どの本にも似た様に書かれている内容はこんなところか。

 他にも凄まじい速度で飛ぶだの、人の言葉を喋る、神にも近しい存在だのと書かれている本もあったが、それらが内容の出自も怪しい御伽話の本であるため信憑性は欠いている。

 致し方ない、何せ常世の存在自体ベラトリアが発見しなければ理想郷や桃源郷の類なのだ。研究する者が居なければ記録に残らないことは当然。常世信仰衆の研究に関してもその大半が焼失されたのだ、世に出回っている本が少ないことは自明の理。

 

「夜更けに読書とは勉強熱心だねベラトリア」


 数時間かけて得られた情報の少なさに頭を悩ませていた所で、背後から落ち着いた男の声がした。

 振り向くと本棚の影から数冊の本を手にした老けた男がいた。魔術師らしい服装に加えて片手には弱い魔術の明かりを灯している。

 男の名はサイスィノテラ。この地で代々魔術師をしている家系の出身であり、ベラトリアによる呪い花の支配を後押ししてくれた協力者。

 傲慢でただの人間を見下すきらいのある魔術師とは思えない程に彼は温厚且つ物分かりの良い男だ。ベラトリアという部外者を快く歓迎するばかりか、その当時は怪しい呪い花にも興味を持ってくれただけに、彼女は彼に頭が上がらない。


「ええ、少々面倒なことがおきまして」


 ベラトリアは隠すことなく今起きている状況を伝える。

 大国の一部が上陸したこと。

 秘花学院の前身の組織で雇っていたフェルディナンドも同行し、花の魔女であるヘディナが殺害されたこと。

 そして呪い花に危険を及ぼす常世の虫と思わしき少女もいること。


「それは花の魔女でも手こずる相手なのかね」

 サイスィノテラは眉一つ動かさず、いつもの温厚な表情で問う。

「現時点では何とも……情報が少なすぎます」

「フェルディナンド君にもう一度協力を頼んでみるのはどうかね」

「それは考えております」

「それなのに、アコニティナを向かわせたのかい?」


 サイスィノテラが少し眉を動かす。

 当然彼はアコニティナとフェルディナンドの関係を知っている。二人が出会えば、間違いなく戦闘になることも。


「はい。どちらにせよ、フェルディナンドがいることを知ればアコニティナは歯止めがきかなくなる。なら、フェルディナンドとの戦闘を極力回避させることを命令として出しておく方が安心ではあります」

「そうか。まあ、君の判断に口を出すつもりはないよ」


 サイスィノテラはそう伝えると、部屋を後にする。

 呪い花の蜜を体内に入れたことで魔術師が花に操られた中で、男性では彼が唯一己を保っている。当初こそ、ベラトリアはそのことを危惧した。

 呪い花の力を得たことで、辺境の魔術師に過ぎない彼が己の力に溺れて反旗を翻す可能性は大いにあった。

 それだけは許せない。

 呪い花による支配を目指すベラトリアにとって、彼のようなイレギュラーは承認できない。

 だからこそ、彼が今も自分たちに協力的であることは幸運である。

 魔術師としての質は大陸の魔術師であるアトローファから見て赤子同然だが、カトレリアの師匠としては既に魔術の道には返り咲かない自分よりも適任である。

 全て上手くいっている。

 だからこそ、これは世界を変えんとする者の前に立ちはだかる壁。

 大丈夫、だから今は見守っていて欲しい。

 呪い花による支配がされた世界を夢見て――。




「大国、フェルディナンド、そして常世の虫か」


 部屋を後にしたサイスィノテラは廊下をぶつぶつと呟きながら進む。

 その顔に、先程までの温厚さはなく――今までの生涯を謀略で生き抜いた熟練の策士としての顔がある。


「全く物事はそう上手くいかないな。或いは君の運の無さがなせる技かな、ベラトリア。呪い花の力、それをよく知る君が間違った方法を取るとはあまりにも愚かだな」

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