第6話 歴史
エリンキルの一族は大国四大家の中でも軍事に対して突出した力を持つ貴族。元は鍛冶職人であったが、後に大量の鍛冶職人を包括して一つの集団とすると国中の冶金事業を独占、莫大な財を築くことで王室に近づき爵位を獲得した。
数百年前、様々な勢力が争い混沌の渦中にあったその国の内乱に終わりを告げたのが大国四大家(その始まりは様々な技術に特化した職人と言われている)であり、凋落した王家を主君として再興させ現在の大国の始まりを形成した。その背景があってか大国の歴代君主は四大家には頭が上がらず、時には彼らの意向で政策の舵取りを大きく変えることもしばしあり、それがきっかけで小規模な反乱が勃発していたこともある。
現在はエリンキルの父がその強大な軍事力を以て他の三家を抑えることにより、君主を中心とした政治体制へ転じてはいるが、フェルディナンドが知る限りかえってエリンキルの一族が王家に近すぎているきらいはある。
魔術師ではないが魔術による改造を施された技巧銃を持つフェルディナンドが、反魔術派の急先鋒でもある大国で仕事が出来るのはエリンキルと彼女の父による根回しがあってのこと。
歩くこと数十分、到着した野営地は当然のことながら見事なものであった。幾つも張られたテントには大量の武器や物資、人ひとりが十分に寝られる簡易な寝台が備わっている。兵士の数は凡そ三十ほどと規模としては小さいが、頑丈な鎧と名工が鍛えた一級品の剣や槍を持つ上級騎士と軽装ながら最新鋭の銃器を装備した一般兵士の姿が見られる。
魔術を徹底的に排除している国の基本武器は剣や槍そして銃器であるが、魔術師相手に白兵戦は分が悪く銃器に関して
魔術師を相手するために大国を含めた各国が銃器の研究を行い、その過程で様々な物が試作されては戦場に出ることもなく消えていった。
そんな中で、大国は一つの技術を確立させた。
撃鉄と雷管を用いることで悪天候でも安定して発射が可能にさせ。
銃身の腔内に溝を作ることで弾丸を回転加速させて、弾道の安定性と弾丸の推進性を向上させた技術。
依然として大量生産が出来るまでには至っていないが、これら大国の銃技術の飛躍的革新はたった数年前の出来事だ。
魔術師と言う強力な存在、それと対峙出来るほどに発達した銃の技術――それをもたらしたのは皮肉にも魔術師であった。
契機は魔術師によって製作された技巧銃の出現だ。
そも魔術師は生まれながらに火に使用が出来るために火薬や油などには馴染みがなく、加えて生涯にわたって無数の魔術を書き記すことから紙を燃やす物質を忌避していた。また魔術自体が優れた遠距離攻撃の手段であり、銃器は当然弓などの投擲武器の発達がされていないことも要因である。
それ故に技巧銃の制作を始めたのは洗練されたその外見に魅了された魔術師たち。『火薬庫』と称された彼らは従来の銃器を基本に奇想天外な発想と技術的知識が無いからこそ発揮される特異な技巧、そして得意とする魔術を掛け合わせ技巧銃の開発を密かに行っていた。
もし彼らが技巧銃の開発を続けていれば新たなる第三勢力となっていたかもしれない。
だが、それは叶わなかった。
魔術師からは魔術の道を踏み外したと敵視され。
銃器を扱う人間からは技術と魔術の融合を脅威とみなされると共に、その技術を独占するために。
彼らは技巧銃と共に歴史の闇へ葬られた。
この時魔術師から命令を受けたフェルディナンドは火薬庫たちの隠れ家を襲撃している。異端の技に魅入られた魔術師の殺害及び技巧銃に関する全ての情報の抹消が彼らの目的であった。
だがこの革新的技術を前にしたフェルディナンドは技巧銃の設計図を持ち出し大国へと流した。魔術師とそれ以外の人間、両方に良い顔をしておくのが得だと考えたのだ。現に今や魔術師を有している国は数を減らし、多くは魔術師が治める国か未だ銃の技術が乏しい国に流れざるを得なくなっている。
野営地を進むフェルディナンドと少女。何人かの騎士や兵士たちはフェルディナンドに見覚えがあり、彼の優れた実力を知って心強そうな表情をしている者から姑息な手段を用いる戦い方を嫌い冷たい視線を送る者と様々である。
だが彼の隣を歩く少女に気付いた者たちは、浮世離れした外見と微かに漂う人ならざる者の風格にただ圧倒されている。皆一様に表情を強張らせつつも、まるで魅了されたように視線を釘付けにしている。
現在の彼女は裸体ではなく、背中を大きく開かせた黒いボールガウンを身に纏っている。夜闇をそのまま織ったような黒色は光を反射するどころから飲み込んでしまう程に真っ黒。それが雪の様に白い彼女の肌と相まって息をのむような美しさを放っている。
ただ彼女はこの薄さの服ですら窮屈そうにしている。エリンキルたちと会った時、彼女が率いていた全ての兵士たちはフェルディナンドの隣に立つ『羞恥することなく裸体でいる少女』を前に一斉に目を逸らした。
大国の兵士たちは五歳の頃には親元を離れると、屈強な兵士に鍛え上げられるために男しかいない環境で十年から十五年ほど過ごす。そのため女の裸に対しては免疫がなく、初めて見た生々しい少女の裸体を前に赤面し口を真一文字に結びつつ、必死に視線を逸らしたのだ。
当然ながらエリンキルは少女が服を着ていないことに、まずはフェルディナンドへ怒りを露わにした。しかし生まれてこのかた女に何ら魅力を感じない彼には、少女の裸など道端に転がっている小石と同じにしか捉えられない。そのことを思い出したエリンキルは近くの兵士が持っていた一族の紋章が施された旗で少女に体を覆うように言った。
しかし少女の方は服という存在をいまいち理解しておらず、己の体を布で包むことに対する理解の欠如と忌避感からエリンキルの申し出を拒否した。
何度かの問答の末に、露骨に嫌そうな表情を浮かべつつ少女は指を鳴らした。すると一瞬彼女の体を闇が覆ったかと思えば、ものの数秒で少女はボールガウンを纏ったのであった。
その手法に何か魔術めいた空気を感じたのかエリンキルは顔をしかめるも、兵士に案内役を任すと自身は一足先に野営地へ帰還した。。
案内役の兵士に連れてこられたのは野営地の中でも一際大きなテント。幕にはエリンキルの一族の紋章である『上部に五つの星とその下に両脇を小塔に挟まれた塔』の金刺繍が施されている。
中は僅かに薬草の匂いが漂う作戦室。中央には彼らが今いる国の地図が開かれた机とそれを囲うようにして椅子が置かれている。
奥に置かれた椅子には僅かだが豪華な金装飾が施されており、エリンキルはそこに姿勢よく座っている。注がれた紅茶で喉を潤しながら複数の書類に目を通し、近くにいる兵士に逐一命令を下している。年若いが既に軍を率いる者とての気質は発揮されているようだ。
「さて、では報告をしてもらおうかフェルディナンド」
二人が席に座るや否やエリンキルは口を開いた。兵士に自分とフェルディナンドたちに新しく紅茶を淹れる様に命じる。注がれた暖かい紅茶で軽く唇を湿らすと、彼女は手元の書類から視線を二人へ向ける。
その瞳にはフェルディナンドに対する絶対的な信頼と共に少女に対する不信感が浮かんでいた
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