血紅色の瞳

 鉄と油が混ざった臭いは、今だに好きになれない。


「ここのはずなんですが」


 あちらこちらから蒸気が吹き出る工場地帯で、白い影がキョロキョロと辺りを見渡す。が、遠く甲高い金属音が聞こえるばかりで、人影はどこにもない。


「獲物の居場所も分からないのか?」


 呆れて肩を竦めるが、イデアは一向に詫びる素振りはない。


「こっちかな?」


 それどころか、惚けたセリフを履いて暗がりに消えて行ってしまった。5度目のため息をもらし、頭を掻きながら、ゆっくりと後を追うと、曲がった先で白い尾が揺れていた。

 そびえ立つ壁に挟まれた三日月が微かに通路を照らすが、奈落の底まで落ちるような闇が立ち込めている。その先で、薄っすらと光をまとった少女が立っている。


「で、この後どうするんだ?」


 白い後ろ姿に問いかける。


「右手に文様が現れていると思いますが、その手で捕らえられます」

「現れていないが」

「大丈夫。身体能力も大幅に……え?」


 奇妙な沈黙の後、矢の如く振り返り足早に駆け寄って来る。


「いや、あれ?そんなはずは」


 まじまじと右手を見つめるその青い瞳には、若干の焦りが伺いしれた。


「で、どうするんだ。そもそも、人違いだったんじゃないのか?」

「そんなはずは、ないんですが……」


 意味不明の言葉を口早に唱えるが、状況は変わらない。ただただゆっくりと、月明かりが消えてゆき、漆黒の闇が辺り包み込む。あどけなく首をかしげ瞬きした少女の瞳は、闇が増すのと比例して天色から血紅色に染まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る