もう一つの存在
友人達と話し、見送った後、少しだけエリックは一人の時間を求めた。
一人の部屋で、椅子に座り、目を閉じる。
色々なことが終わったが、またここから新たな事柄が待っている。
目まぐるしい日々と出来事は悪くないので、楽しみではあるが。
常にいくつもの事柄が頭の中を駆け巡るエリックにとって、思考を止める方が好きではない。
忙しいくらいが丁度いいのだ。
そんなエリックがわざわざ仕事を断り、一人になったのは、理由がある。
自分の内なる者がどうなったか気になっていたからだ。
数か月前、この体を育ててくれた女性が亡くなった。
それを悲しんだのはエリックではない、この体の元の持ち主であろう存在だ。
エリックが様々な事を思い出し成長するたびに、その存在は希薄になっていったが、いまだに微かに感じている。
(こうして呼びかければ少しは反応があるかと思ったが)
普段のエリックは忙しく余裕はなかったが、落ち着いている今なら何とかコンタクトをとれないかと考えたのだ。
その存在の事だけを考え、エリックは身動きもせず、目を閉じ、過ごす。
いつの間にか寝てしまったか。
目を開ければ真っ暗な空間。
(いや、灯りがないとはいえ、真っ暗はおかしいな)
冷静にエリックは辺りを見た。
遠くで薄ぼんやりと何かが見えて、そこに近づいていく。
どうやら家だ。
近づくに連れ、そこがどこかわかった。
エリックの意識が戻った、あの家だ。
少し警戒しつつエリックはドアを開ける。
血の匂いも人の気配もしない。
リビングに入るが死体はなかった。
全ての部屋を見るが、誰もいないし、何も変わったところは見受けられない。
「何だったんだ?」
外に出ようとしたところで、ようやく気配を感じた。
微かな咳の音。
エリックは静かに引き返した。
自分が目を覚ましたボロボロのベッドの上で誰か寝ている。
「君は…」
赤い顔をした少年が横たわっており、苦しそうな呼吸音が聞こえている。
エリックに気づき、少年は体を起こした。
その体は白く、薄ぼんやりと消えかけていた。
だからさっきは気づかなかったのか。
「ようやく会えた…もう無理かと思ったよ」
少年の体はところどころ向こう側が透けている。
「君がこの体の元の持ち主か?」
「そう。僕が○○だよ」
かつて呼ばれた事がある名前を耳にし、エリックは申し訳なく思う。
「体を貸してくれてありがとう、おかげで再び生きて家族と会えた。しかし申し訳ないがこの体は返せない。奪ってしまって本当に済まないと思うが、その事はずっと伝えないといけないと思っていた」
「別にいいよ。返してもらっても困るから」
エリックは面食らう。
「もっと争うかと思ったのだが、本当にいいのか?」
少年はよろよろとベッドから降りてエリックの側に行く。
「本当に僕とお兄さん似てると思う?」
「いや、こうして見ると似ていないな…」
ぼんやりとした薄茶の髪は角度や光加減によって金髪ともいえるかもしれないが、エリックとは全く違う。
瞳も緑ではあるが色味が違う。
可愛らしい顔立ちだが頬にはそばかすもあって、とても同じとは思えなかった。
「でしょ?だから返してもらっても困るよ。急に大人の体になってもわからないことだらけだし。お兄さんと入れ替わったあの日だけど、僕は高熱で動けなくなったんだ。熱で意識が無くなって気が付いたらお兄さんがこの体を動かすようになって。そしたら見た目もどんどん変わっていったんだよ」
「それはさっぱりわからなかったな…」
周囲の者もエリックの顔を見ても、そんなことは言わなかったし。
「誰も僕をしっかり見ようとしてなかったんだよ。母さんだって、本当は僕が好きじゃなかった」
「それは違うだろう、彼女は君を大事に思っていたはずだ。そうでなければあんなに熱心に看病しないはずだ」
「違うよ。僕を失って、周囲の非難が自分だけに向くのが怖かったんだ。だから僕を生かしていた、手放せなかった。でも最後には僕を見捨てた。あんな酷い父親と一緒に逝ってしまった。母さんも結局自分が大事だったんだ」
エリックは考える。
自分の子と同じくらいの年齢のこの子に何と声を掛けていいか。
こんな年齢の子にこんな言葉を言わせていいはずがない。
「お兄さんも僕を捨てるためにわざわざ言いに来たんでしょう?大丈夫だよ。もう消えちゃうだけだから」
少年は悲しそうに笑う。
その顔がリアムと重なった。
「違う。この体は返せないと謝罪したかっただけではない。別な提案をしに来たんだ」
立つのも辛そうな少年の体をエリックは抱き上げた。
薄く透ける体はとても軽い。
「もう少し耐えてくれればきっと新しい体を用意できる」
「どういう事?」
エリックはずっと考えていた事を伝えた。
「俺の子として生まれ変わらないか?」
少年はキョトンとする。
「魂に関する魔術はいくつかあるが、死んだ者の魂を蘇らせるわけではないから、何とかなりそうな気がするんだ。生きている魂を魔力に乗せて移すだけなら魔力消費は少ないのではないかと。器はこれから作る予定だがな」
器を作る方法をわざわざ子どもの前で言うつもりはない。
「お兄さんの子ども?」
「そうだ。俺の子になればきっと楽しいぞ。君の母になる人は優しいし美人だ。君の兄や姉になる人は少々癖はあって賑やかだが、君を虐げたりしない。温かい家庭を作ると約束する」
驚いていた少年だが、じわじわと泣きそうな顔になる。
「なんでそんなこと言ってくれるの?僕はもう消えるだけだったのに」
「さぁな。息子と君が同じ年だったからかもしれない」
そしてこの少年もリアムも、父親からの愛を知らない。
エリックはその贖罪をしたいとし、これからは責任を持って子ども達を幸せにしたいと考えていた。
(レナンにはだいぶ無理をさせてしまうが、反対はされないだろう)
この少年と話が出来る保証もなかった故に、レナンにはまだ相談をしていなかったのだ。
「もう一度やり直さないか?今度は幸せになる、必ず」
少年はボロボロと涙を零していた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
透けてなくなりそうな少年をベッドに下ろし、エリックは家を出た。
そして意識を取り戻す。
外はまだ明るかった。
どうやら寝入ってからあまり時間は経っていないようだ。
頬に触れれば泣いていたのに気づく。
自分か、それともあの少年の涙か。
乱暴に拭い、二コラを呼んだ。
エリックの涙跡をみても二コラは何も言わず、頭を下げる。
「二コラ。レナンに大事な話がある、すぐに呼んで来てくれ」
それだけを言伝すると、エリックは鏡を見た。
少年の顔を見て、あの少年の人生を狂わせたのは自分の顔ではなかったと確信する。
妻を、家族を信じられなかったあの夫と親族のせいだろう。
不憫な少年はこれからエリックの家族となる。
そして少年の母親は知らずともエリックの世話をしてくれた大事な人だ。
家族に手を出したものにエリックは容赦しない。
「報いを受けさせてやろう」
最早涙などないエリックの表情は冷たくパルス国の方角を見つめていた。
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