仕事上の付き合い
面倒な挨拶も終わり、十分にグウィエンとルアネドに感謝の言葉を述べた。
深夜になってしまったが、それでも逃げずにカイルは指定した部屋で待っていてくれた。
エリックは本音で話し合おうと二人きりでの話し合いの場を設ける。
今回は二コラの同席すら断る徹底ぶりだった。
「何から話すかな。カイル」
楽しそうなエリックと対照的にカイルは睨みつけるような表情だ。
「まずはこれからの進退だ。お前は宰相として働けるか、働けないか。どうしたいと思っているのだ」
カイルは身を強張らせた。
今まで国の為尽くしてきた自負はある。
レナンの支えになれれば、という気持ちがあったのは事実だが、それだけではもちろん宰相など務まるわけはない。
それをエリックはいとも容易く切り捨てるつもりなのか?
「名実ともに俺は実権を握る。これは諸外国へも通達したし、パルス国王、そしてシェスタの王太子からのお墨付きだ。余所からの異論は出ないだろう。国内にしてもそうだ。俺に反発するという事は諸外国を敵に回すという事だ、声は上がらんだろう。何よりリオンがもはや仕事を続けるつもりがない。本人から聞かなかったか?そもそもリオンは王太子にも国王にもなる気がない。俺が本当にいなくならない限り、その気持ちはけして覆らない」
これはリオンの意志。
なれないのではなく、ならないのだ。
リオンはその事を再三エリックにもティタンにも宣言している。
トップに立つ器はない、補佐が出来れば十分だと。
意外とその考えが周囲には伝わらなくてリオンは困っていたが、このカイルもそうした意志を汲み取ってくれない一人だ。
「…ではやはり全てはエリック様のせいなのですね」
カイルはどす黒い気持ちが押さえられないようだ。
しかしそれでもエリックは微笑を止めない。
その様子が余計にカイルを苛立たせる。
「あなたが戻らねば、俺は宰相を辞めさせられることもないし、リオン様が去ることもない。そしてレナン様と離れることもなかった。俺の居場所を壊したのは、あなたが戻ってきたからだ。これからアドガルムの民が困窮したとしたら、全てあなたのせいですね」
咎める口調に涼やかに答える。
「困窮については保証できないな。俺は采配は下す。しかし、民も臣下も努力が必要だ。俺一人で国の全てをどうにかするとは不可能だな」
「あなたは国王になると言ったのに、そんな弱気でいるのか。それで国を支えるつもりとは情けない」
カイルの侮蔑にエリックは全く響いていない顔をしている。
むしろ呆れていた。
「出来ないことを不実に断言することはしない。いいか、国をよくするには皆が同じ方向を見て動かなけれなならない。貴族も平民も関係ない。どんな名意見でも足並みが揃わなければ、国は成り立っていかない。だがそれは、別意見を受け入れないというわけではない。俺はあらゆる事の責任は取る立場の者だ。だが、無責任に不安を煽るたわけを庇う程暇ではない。カイルみたいに中身のない反発しかない者は要らないと思っている。色恋、嫉妬、私情に捕らわれて状況の判断が出来ないものと、今後重要な仕事が出来るか?」
「宰相を辞めろとは言わないが、そんな私情にまみれて仕事が出来るのか?リオンに依存せず、自分の仕事を全う出来るか?レナンと密に接する俺を見て、嫉妬に狂うことはないか?」
エリックの言葉にカイルは言葉を継げない。
カイルの仕事は国を良くし、民達の生活を支えていくものだ。
だが、先程からの言動は私情ばかりだ。
本当に国を想うならリオンが居なくとも出来ることはたくさんあるのに。
レナンの事だって、もともと手の届く存在ではなかった。
それが宰相として話す機会が出来た為、夢を見てしまったのだ。
本当は気づいていたはずなのに。
叶うはずのない道だって。
レナンはいつだってカイルの事など見ていなかった。
あの最後のティータイムで確信したはずだった。
エリックと会ったあの生き生きとした表情、カイルと話す時とはまるで違う笑顔に、すべてが打ち砕かれた事。
「俺の居場所は元からここにはなかったのですね…」
父の引退で場違いにも居座ってしまった。
周囲の優しさであちこち勘違いをしてしまった。
「そうでもない。カイルの仕事ぶりは悪くないとリオンから聞いていたぞ」
驕ることもなく勤勉に働く姿は、前宰相を彷彿とさせる真面目さだと。
「レナンへの想いさえ表面化さえしなければ、このまま宰相を続けていて欲しいものだ。優秀で仕事に慣れたものに離れられたら、ますます仕事が大変になるからな」
「何が言いたいのです?俺の事は嫌いなんじゃないのですか?」
カイルをけなしたり、持ち上げたり。
意見のふり幅が凄い。
「レナンに近づかなければ嫌いではない。俺に真っ向から意見することも、別意見を持ち出せるところも好感が持てる。もちろん私情による意味のない反発は嫌いだが、有意義な討論は良い事だ」
「…俺が裏切ったらどうするつもりです?」
ただならぬ腹積もりを持った重臣を側に置いて、万が一何かあったらエリックはどうするつもりか。
「俺を裏切っても何も残らないし、お前が父親を尊敬しているのは知っている。父親に汚名を被せるような裏切りなどしないだろう」
カイルの父親ヒューイは宰相として身を壊すまではこの国を支え続けていた。
それをカイルはずっと見ていたはずだ、アドガルムを陥れることは出来ないはずだ。
そしてエリックに傷つけようとすれば、忠臣が許さない。
今もこの会話を静かにどこかで聞いているはずなのだから。
「辞めることは簡単だが、辞めてしまえばもうこの地位には戻ってこれないぞ。俺が本当にレナンに相応しいか見極めてからでもいいと思うが」
からかうようにいうエリックやはり腹立たしい男だ。
「そこまで言うのなら、まっとうな方法であなたをその位置から引きずり落とします。ですので努々油断なさらぬように」
ぎっとエリックを睨みつけるカイル。
「俺はあなたが嫌いです」
偉そうで傲慢な男だ。
「俺も嫌いだからお互い様だな。カイルもせいぜい失脚させられないよう気をつけろよ」
「明日からよろしく、宰相」
「せいぜい足元を救われないようにお気をつけください、王太子殿下」
カイルが去ったすぐ後に二コラが来る。
「いいのですか?処分されなくても」
物騒な物言いと獲物を手にし、二コラは低い声で言った。
「優秀な人材を減らすことはない。今のところはな」
全幅な信頼を寄せることは難しいが、処罰の予定はない。
「分かち合えるのは無理でも歩み寄ってみるさ。もちろんレナンに手を出すならば別だが」
「あなた様がそういうなら」
納得してくれたのか二コラは刃物を仕舞う。
自分がいない間カイルがこの国を支えてくれていたのは事実だ。
それを踏みにじることはしたくない。
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