駆け巡る思い

カイルは拳を握り、唇を噛む。


「その件についてはこれ以上はここでは言わないから安心しろ」


皆の前でしなくていい話だ。

エリックは離れる。




「さて他に言いたい事、聞きたいことがあるものはいるか?」


エリックは周囲を見回した。


「そうだ、リアムを俺の子ではないといった不埒者がいたな。近日中に謝罪に来るなら許してやる、そうでなければ、どうなるか覚悟するがいい。いいか?俺はリオンのように甘くない」


エリックの言葉を聞いて、体を強張らせたものが見えた。


「この場での謝罪を受ける気はない。謝るべきは俺にじゃないからな、リアムに直接伝えろ。それもわからない愚か者がこの場にいるとは思わないが」


目で牽制し、エリックは続ける。


「リオンが王太子に相応しいといったか。ディーノ伯爵。ソリオ子爵」


「いえ、あの…」

先程発言した二人をエリックは覚えていた。


記憶の中から貴族名鑑で見た情報を引っ張り出し、名を呼ぶ。


「ある意味正解だ、リオンは優しい。だが、怒らせると怖いタイプだ。けして懐柔出来るものではない」


リオンは困ったように笑うが、否定はしなかった。


「今日の場は不敬とはしないと約束した。だから明日からは気をつけよ、今後の仕事は今まで以上に厳しくなると思え」

牽制するように話し、エリックは友人に向き直った。




「グウィエンもルアネドもありがとう。俺の事を証明するために来てもらえて助かった」


カイルはともかく、それ以外の貴族には効果が高かった。

おかげですんなりと信じてくれるものが多く、話しも思ったよりはスムーズであった。



「気にするな。今後もまたエリックが困った時は助けに来ると約束しよう!」


グウィエンは声高らかに宣言した。


「俺も同じだ。パルス国国王ルアネドがここに誓う、我が友エリックが窮地の際には、必ず馳せ参ずると」


ルアネドもグウィエンにならって宣誓した。




エリックの復帰は皆の前でしっかりと宣言された。







カイルは自分を振り返っていた。


一体いつから王太子妃を好きだったのか、今となっては覚えていない。



最初は純粋にレナンの力になりたかった。


落ち込み、だがそれでも仕事に打ち込む彼女を、励ましてあげたかった。


それだけだった。



死んだ者を想い、涙に明け暮れるレナンが痛ましく思い、よく話しかけた。

仕事の話ではあったが、それでも笑顔で回を重ねるごとに笑顔で接してくれるようになった。


五年も経てば、周囲の者からも少しずつエリックへの記憶が薄れ、接することが少なかったカイルも、リオンの印象が強くなった。


リオンは勘もいいし、穏やかで信頼も厚かった。


すぐに王太子に相応しいと囁かれるようになる。



そんな彼だが、レナンとは少し距離を置く様子が見えた。


泣き兄の妻というに事で、複雑な思いがあったのだろうか。

それともリオンが王太子になり、マオを王太子妃にしたかったのか。




そういう考えが浮かび、カイルにとって都合のいいシナリオが頭の中を駆け巡った。




リオンが王太子となって、マオが王太子妃となる。


廃妃となったレナンと一緒になり国を支ていくという、あり得ない夢のような話だ。


それでも死んで数年も経ち、周囲の雰囲気も変わってくるとカイルの中でその考えが現実味を帯びてきた。



日ごとにエリックの事は忘れられ、王族やエリックに近しい者ばかりが固執しているのを肌で感じていたからだ。



仕事の話と称してレナンに近づくのはカイルの立場上難しくない。


最初カイルと話すレナンの表情は硬かったが、だんだん慣れてきたのか柔らかい表情へと変わっていったのも嬉しかった。


しかしオスカーやキュアが常に目を光らせていたため、二人きりにはなることはなく仲が進展することは難しかった。




それでもいつかは振り向いてくれると、希望を持っていたのに、エリックが現れてから全てが崩れた。


気の合うリオンは仕事から退き、レナンと話す機会も奪われてしまった。



「カイル」


名を呼ばれ、顔を上げる。


「不敬を許すのは今夜だけだ。この後別室で本音で語り合おう」


エリックの言葉に、カイルはただ静かに頷いた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る