ねじ伏せる討論
「だが、カイル。お前は俺が本物ではないと決めた根拠はなんだ?明確な証拠はあるのか?」
エリックの声は喧騒の中でもよく通る。
再び静けさを取り戻し、カイルに視線が集まる。
「姿形の似たものなど、どこにでもいる。エリック様に似たものかもしれない」
「それを言えばお前も本物のカイルかわからないな。誰が証明する?」
質問を質問で返していくエリックの問答は、かなり厭らしい。
カイルは言葉を返していく。
「俺は本物だ。長年国に仕え、家族も認めている。この国の事だってわかっている」
「俺とてそうだ。家族も他国の友人も認め、妻であるレナンも認めた。空白の期間はあるが、アドガルムについても知っている」
「エリック様は死んだはずだ、多数の兵士が確認している。あれだけの大怪我を負って。生きているはずがない」
「現に生きてこうして喋っている。完治には時間を要したが、一緒に死んだとされた二コラもこうして生きている。意外と人の体は丈夫なものだな」
二コラが仮面を外し、その顔を晒す。
風貌は変わっているが、彼を知っているものは二コラだとわかったはずだ。
二コラの凄惨な顔に、やや周囲から悲鳴が上がるがすぐに落ち着く。
「小さくなる呪いなど、あるわけがない」
「呪いはある。人を獣にしたり、小人のようにしたり。時には死ぬことも出来ず生きたまま体を腐らせるものもある。カイルが知らない不思議な力はこの世にごまんとあるものだ」
諸外国を回っていた二コラから聞いた話を織り交ぜつつ、カイルの問いに返していく
「王太子として本当に仕事が出来るのですか?怪我をし、弱ったあなたが再び倒れないとの保証があるのですか?民からの信頼も厚いリオン様に代わった方がよろしいのでは?」
これには他も者からも声が上がる。
「リオン様。ぜひ王城にお残りください」
「リオン様のお力が必要なのです」
懇願の声をリオンはばっさりと切る。
「僕を傀儡の王に仕立てようとしていたのは、知っていましたよ」
カイルは驚きに目を瞠る。
そんな話は知らなかった。
有能なリオンを皆が慕っているのだという話しか聞いていない。
「エリック兄様よりも話をし易い、それ故に御しやすいと話してましたよね?全部聞いています」
リオンの顔から笑みが消える。
エリックに似た冷たい表情になった。
「ですので保留にしていたあなた方からの案件は、全て切らせてもらいました。もとからあんな破綻したものを、承認するわけはありません。手にした時点で断っても良かったのですが、それでは波風が立つと思い持ち帰ってました。兄様の目に触れてはいないと思い急いで片づけましたが、ひどいものばかりで困りましたよ」
カイルも目にしている。
どんなものもリオンは保留にし持ち帰っていたが、理由があったようだ。
「一旦全てを持ち帰っていたのは、あくまで僕は代理なので勝手なことをしないためでした。ですが、兄上は無駄を嫌います。今後は即座に返してもらえますから、すぐに結果が分かっていいかもしれませんね。ですが、今後はしっかりと納得のいく案件を持ってこないと、怒られますよ。私腹を肥やすだけのものなど、場合によっては処罰対象です。悪しからず」
ふふっとリオンが笑う。
肩の荷が下りたといわんばかりだ。
「カイル様、今まで手助けしてきてもらって助かりました。しかし、僕はエリック兄様のスペア。これ以上は無理ですよ」
「ですがリオン様は十年もこの国の為に尽くしてきてくれたのですよ?その頑張りを蔑ろにするわけにはいきません」
このまま退陣とはリオンへの不義理だとカイルは思う。
こんなにあっさりと去ってリオンはいいのだろうか。
「リオン様はやりたい事やしたい事は本当にもうないのですか?あんなに意欲的に国の為、民の為に動いてくれたのに」
リオンは悩む、
カイルの言葉は返答に困ってしまうものだ。
やりたいことなどリオンにはない。
エリック、もしくはアイオスに繋ぐための、いわば中継ぎの役目をする為だけに頑張ってきた。
本当にそれだけだったので、王太子にさせられても困る。
エリック程頑張れる気も頑張る気もない。
それを言うと王家のイメージが下がるだろうか?
リオンはこういうもので悩んでしまい、あと一歩の決断で悩んでしまう。
この一歩を出す勇気がないのが、エリックに劣ってしまう部分だ。
「続投されたら僕も困りますね」
リオンに助け船を出したのはマオだ。
「リオン様が王太子になったら、僕が王太子妃?冗談じゃないです」
ふんと鼻を鳴らす。
「カイル様。レナン様が守ってきた王太子妃の座を僕に明け渡させる、ということなのですか?」
マオの言い方にカイルは眉間にしわを寄せた。
レナンを非難するつもりはないのに、マオの言葉ではカイルがそう思っていると取られてしまう。
「そうでなければ、エリック様でいいと思うのです。僕達エヴァスティ家はエリック様に従うです」
マオとリオンはエリックに敬礼をする。
リオンはホッと胸を撫でおろしていた。
もう担ぎ上げられたくないものだ。
うまくいかないことにカイルは焦る。
頼みのリオンはまさかの辞退だし、周囲の援護は役に立たない。
カイルは苛立たし気に爪を噛んだ。
「十年も不在にして、何故今頃戻ってきたのです…」
「それは完治する見込みが出たからで…いや、先程父がそれについて説明したな。別な言葉を贈ろう」
エリックはレナンの手を取る。
「俺がまたこの場に戻ってこれたのは、皆が俺の為に動いてくれていたからだ。だから俺はその思いに報いる為にここにいる」
エリックの為の場所を皆が守っていたから、エリックはこの場に立てている。
「俺がいらないのなら、この場はとうにない。王太子にはリオンかアイオスが就き、レナンも王太子妃を退いてもう少し楽に生きていただろう。皆俺に心を砕くことがなければ、もっと自由に、もっと穏やかに過ごせたはずだ。それなのに苦しい思いをしながら守ってきたのだから、そろそろ俺が座らねば皆に悪いだろ」
特にレナンには心配と迷惑をかけたし、感謝しかない。
レナンの甲にキスを落とし、離れる。
カイルにゆっくりと近づいた。
「居心地のいい場所を奪うようになるが、俺が帰ってきたからにはもう終わりだ。全てが変わる」
苦々しい表情のカイルと対照的なエリックの笑顔だ。
カイルに近づき、その耳元に囁く。
「お前のレナンに対する想いは叶わない」
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