新たな家族

少年の話をすればレナンは当然泣き出した。


エリックは今までの経緯として、パルス国で気がついたら子どもの姿になっていたこと、親切な人に育てられ、やがてルアネドに助けてもらった事など、ざっくりとした内容しか伝えていなかった。


詳しい話をすれば心配を与えるし、こうして泣かれるのは目に見えていたからだ。





絶対に男娼にされかけた話はしたくない。





泣く予測はしていたのだが、ハンカチが追いつかない。


「そんな…そんな小さい子が、なんでそんな目に」

ずびずびと鼻水を啜りながら、レナンはエリックの話を聞いている。



「だからその子を助けるために、協力してくれるか?」

「わたくしに出来ることならば、喜んでするわ」


涙を拭きながら力強く答えるレナンににこりと微笑む。




「では、今夜ぜひ協力をお願いするよ」


そう言って侍女達を呼ぶ。


「えっ?何をするの?」


レナンの専属侍女が答える。


「今宵はレナン様のお体をしっかり整えるようにと伺いました。今から徹底的にマッサージやボディケアを受けてもらいます」


「え?え?」

戸惑うレナンにエリックは侍女達の前ではっきり言う。


「久々に夫婦だけで過ごす本当の時間だ。二人の寝室で待ってておくれ」


「え?やっ、それって…」

意味がわかり、顔が赤くなる。


侍女達の中には顔を赤らめる者もいたが、声を上げるものはいなかった。


あれよあれよとレナンは連れてかれてしまった。


「では俺は残った仕事を片付けに行くが、ニコラには別で頼みたい事がある」


「何でしょう?」


「俺を売った人買い、あいつをここに連れてきて欲しい。頼みたい事があるから、ここに通して欲しい。見つかれば処罰されるだろうから、くれぐれも内密にな」

「わかりました」


オスカーにエリックの護衛を頼むと、ニコラは姿を消す。





エリックが今考えていることを頼むのに人選的に人買いが一番いいと思った。


どれくらいで見つかる、今どこにいるか皆目見当はつかないが、二コラならすぐだろう。







夜になり、エリックは夫婦の寝室へと来た。



自分とレナンの二人分の仕事を終わらせてきたので、明日は余裕だろう。

エリックはノックをし、許可を得て部屋に入る。


レナンは恥ずかしそうに毛布の中にいた。


「大丈夫、怖いことなどしないよ」

ベッドに腰掛け、レナンの頭を撫でる。



「怖いわけではないけど、緊張するわ。だって、久しぶりだもの」


恥ずかしさで顔を毛布で隠してしまう。


クスリと笑うとエリックは優しく声をかける。


「そうだな、久しぶりだ。だからこそ俺は今日の日を楽しみにしていたのだが、君は嫌か?」

悲しげにそう言えば、レナンが少しだけ毛布から顔を出す。


「嫌ではないけど…恥ずかしいの」


何年もそんな事などしていないし、年を取って変わってしまった体を見られるのは恥ずかし過ぎる。


逆にエリックは若々しく、逞しい体つきのままなので、どうしても気が引けてしまう。


「恥ずかしがるレナンも可愛らしいな」


レナンの毛布を少しだけずらすと唇へキスをした。


柔らかく、少しだけひんやりとした感触に、ますますレナンは顔を赤くする。

体を強張らせ、身じろぎしたら、毛布を更にずらされた。


「やはり、綺麗だ」

薄い夜着からは白い肌が見えている。


恥ずかしさで目を逸らそうとするが、頬に手を添えられ、口づけされる。


「俺がレナンと一つになりたいのもあるが、少年を助けるため協力してくれると言っただろ?さぁ、しっかりと見せて」


仕方なしにレナンは、布から出る。


上品だけれど少し薄目の夜着を身につけている。

素材が薄く白い肌が透けて見える。


「美しいよ、レナン……愛している」


エリックに抱きしめられ、緊張と期待にレナンは目を閉じた。










日の光を感じて目を開けると既にエリックはいなかった。

カーテンから入る日差しはだいぶ明るく、朝ではないことを示している。


喉の渇きを感じ、レナンは体を起こす。

体を見下ろすとしっかりと夜着を身につけられ、身も清められていた。

「お水飲みたい……」


サイドテーブルの水差しに手を伸ばすと手紙が置いてあるのが見える。


エリックからのようだ。



まずは喉を潤そうと水を飲む。


柑橘系の味が微かに感じられ、気分がすっきりとした。


「何かしら」


手紙の封を開ける。


『レナンおはよう。昨夜は無茶をさせてしまってすまない、起きたらベルを鳴らして呼んで欲しい』



まだ眠たい目を擦り、レナンは手を伸ばしてテーブルに置かれたベルに触れた。

言われたとおりに鳴らせば来たのはエリック本人だ。


「おはようレナン、体調はどうだい?」

優しくお腹をさすられ、レナンはまた赤くなる。


「今日は起きれないだろうと君の仕事は全てキャンセルした。キュアにもカイルにも伝えている」

エリックが直接話したのだろうか?カイルとは仲が悪そうだったのに。


「ありがとう…」

小さな声でお礼を言えば、エリックはレナンを優しく撫でる。


「今日は起きなくていい。何かあれば俺が世話をするよ、大事な体だ。無理をしてはいけない」

そう言われ、もう一度レナンは目を閉じた。まだまだ体は休息を欲している。









昨夜、レナンの意識が途切れる前、エリックは魔法を使用した。


レナンのお腹が光り、熱くなる。


「魂を移した、レナンの魔力も貸して」

エリックはそういうと手を取り、レナンのお腹に手を置かせる。


「この子の為に、元気に育つんだよと祈ってあげて欲しい。新たな人生を紡げるように」


汗を掻き、やや辛そうなエリックに言われるまま、レナンは祈った。





どうか幸せになって。


もう大丈夫、わたくし達が必ず守るから。




再び体が光り、ゆっくりと静まっていく。



その光景を見てエリックは安堵した。

「レナン、感謝する」


エリックは疲れ果てて、レナンの上に覆いかぶさった。


「すまない、もう力が出ない」


何とかレナンの横に体をずらし、見つめ合う。

レナンも体力の限界だ。


あっという間に夢の世界に落ちてしまった。






夢の中で現れた少年は、とても小さく体も透けている。


「ありがとう、僕を受け入れてくれて…」

この子がそうなのかと、レナンはしゃがみ込み目線を合わす。


「わたくしで良ければいいのよ、おいで」

エリックには似ても似つかない子だ。

この子がいたから、エリックはまたレナンの前に生きて戻って来ることが出来た。


おずおずと抱き着く子を、レナンは強く抱きしめてあげる。


「辛かったわよね、もう心配ないからね」

じわりとレナンの目から涙が零れる。


自分の為に泣いてくれるのと驚いたが、少年はそのままレナンに胸で一緒に泣き出した。


「うっううっ……」

声にならない嗚咽が響く。


やがて二人泣き止むと、少年の体が粒子となり、消えていく。


「これは?!」

叫び声をあげるレナンとは違い、少年は嬉しそうだ。


「大丈夫。お姉さんとお兄さんのおかげで僕は新しい命を貰えそうなんだ」


粒子はレナンの体に溶け込んでいく。


「またすぐに会えるから、だから、待っててね」

不安そうな少年を見て、レナンは胸を張り、約束する。


「ええ、待ってるわ。わたくし達はあなたを必ず幸せにするから、楽しみにしててね」


レナンの笑顔に少年も笑う。

「うん、楽しみにしている」


泣き笑いの表情をした少年の姿は、あっという間に見えなくなってしまった。


だが、レナンはその存在を確かに感じ、愛おしそうに自身のお腹を撫でている。

夢から覚めるまでずっと。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る