王太子代理の苦悩
レナンは朝から緊張していた。
ようやく愛する夫に会えるのだ。
夜中に知らせを受けた時はすぐに会いに行くといって城を飛び出しかけ、キュアに力づくで止められてしまった。
時間まで侍女たちがレナンを磨き、化粧を施していく。
仕事をしないなんていつ以来だろう。
ずっと闇雲に生きていたから、着飾った日すら覚えていない。
久しぶりにエリックが選んでくれたドレスに袖を通した。
彼を思い出してしまい辛かったため、着ることも眺めることもしていなかったが、このような色だったなとぼんやりと思い出す。
「綺麗です、レナン様。誰よりも」
キュアの目には涙が浮かぶ。
気丈に振る舞い、誰よりもレナンは頑張っていた。
子ども達や周囲に心配をかけないよう笑顔を作り、涙も見せなかった。
空っぽの笑顔に皆が気づいていたが、レナンの努力を思い、誰も何も言わなかった。
夜ごと一人で泣いている事もキュアは知っていた。
生き返った二コラがエリックを連れて帰ってくることを切に願っていた。
灯台下暗しでエリックは隣国パルスにいて、しかも子どもの姿で見つかった。
詳細はまだ聞けていないが、それを聞いてからレナンの目にようやく光が浮かんだのだ。
十年越しの悲願。
ようやく今日叶うのだ。
レナンの部屋にてエリックの到着を待つ。
オスカーやキュアも一緒に待機してそわそわしていた時に、リオンが訪ねてきた。
「君たちにお願いがある。エリック兄様を迎えにいてくれないかな?」
リオンとカミュがレナンの側にいるから、呼んで来て欲しいとキュアとオスカーは頼まれた。
二人は走った。
(本当はリオン様も早くエリック様に会いたいだろうに…)
お言葉に甘えてしまったが、少しだけ胸中に苦い思いを感じる。
あの王太子代理は自分よりも周囲を優先してしまう。
リオンは幼き頃よりよくエリックのスペアと言われていたが、そんなことは全くない。
十分すぎる慈愛と優しさ、そして知識を持っていて、国王になれる器を持った男性だ。
キュアとオスカーはリオンに感謝しながら、敬愛する主に再び会えて大号泣してしまった。
そわそわするレナンをリオンは宥める。
「もうすぐお会いできますね、楽しみです」
「ええ、緊張しますわ」
カミュが入れてくれたお茶を飲みながら、レナンはため息をつく。
「僕もまだお会いしていませんが、姿はともかく気持ちにお変わりはありませんよ。エリック兄様は昔からレナン義姉様だけを思っていましたから」
「リオン様。ありがとうございます」
エリックに似てリオンもすっとした美形である。
青い髪を一つに束ね、エリックと同じ緑の目をしていた。
ティタンとは違う顔立ち、リオンはエリックと似ていた。
仕草や表情、ちょっとした動作もエリックを彷彿とさせるのだ。
「もうすぐ会えます。だから大丈夫ですよ」
公務以外でレナンに会うのを、リオンは避けていた。
周りには言えなかった事だが、妻であるマオにだけは話している。
レナンはリオンにエリックの面影を見て、とても辛そうな表情をするのだ。
顔立ちで言えば息子のアイオスの方が似ているのだが、一緒に過ごしていた時間の長さもあるだろう。
リオン自体も昔エリックのようになりたいと意識していた事もある。
その名残がリオンが思うよりも強く残っていたのだろう。
レナンとリオンの良好な関係は、エリックの死で変わってしまった。
リオンにとっても悲しかったが、レナンはもっと悲しかっただろうな。
リオンが魔力で出来た蝶を放つ。
それはレナンの元まで飛んで、目元で消えていった。
「昨日泣いていましたね、目元に赤みが残っていました」
「ありがとうございます」
レナンの目元の重たさが消える、リオンの蝶が回復してくれたのだ。
メイクで消していたのだが、何故リオンにはわかってしまうのだろうか。
レナンは不思議に思った。
「いつもリオン様には助けてもらってばかりで、本当にすみません。わたくしが王太子妃を下りればいいのに、いつまでも縋ってしまって…リオン様にはいつも大変なことばかりをお頼みしてしまいました。本当に申し訳なく思います…」
普通ならば十年も王太子代理ですむはずはない。
貴族達の中にはリオンを立太子させ、レナンを廃妃とせよという声もあった。
リオンは頑なに拒んだ。
「エリック兄様の次に立太子するべき人物はアイオスです。彼が大きくなるまで、僕が代理を務めているだけです。僕は王太子にはなりません」
そう言って退けていた。
それでもうるさい輩は、妻とカミュに頼んで表舞台から退場してもらった。
元諜報員の二人には助けられている。
「いいんです。僕が好きでしたことです」
兄の場所を自分が守れることは誇らしかった。
「それに兄の代理なんて僕には全く出来ていませんでしたから、寧ろ申し訳ない」
レナンを傷つけるとわかっていたが、それでもその場を譲れるものが他にいなく、リオンが対応するしかなかった。
どうにも上手く立ち回れなかったことを悔やむ。
「そんな事ありませんわ。リオン様を慕うもの、感謝しているものは大勢おりますもの。わたくしが至らないばかりに足を引っ張ってしまい、心苦しかったですわ」
レナンの頑張りは皆が知っている。
夜もほぼ寝ていないのに、公務とそして子育てと懸命に生きていた。
「こちらの台詞ですよ。レナン義姉様が頑張ったからこそ、皆がついてきたのです。さぁ、もうすぐエリック兄様が来る。胸を張って、最高の笑顔で迎えてあげてください」
こんなに長くレナンと話したのは久々だった。
兄の存在は偉大だ。
リオンなんかが代われるものではない。
少しの寂寥感と安堵感がリオンの心を占める。
王太子代理として懸命に動いた十年だった。
長かった。
しかしそれももうすぐ終わる。
(エリック兄様…少しはあなたに近づけましたか?)
憧れの存在に片腕くらいは届いただろうか。
ノックの音が響いた。
「レナン…開けてもいいかい?」
レナンが呼吸を整え、入室の許可を出した。
扉を開けたのは、従者ではなくエリック本人だ。
「会いたかった…」
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