レナンの胸中

昨夜久しぶりに声を聞いたからか、夫の夢を見た。




いつでも自信たっぷりで傲岸不遜で、表情筋の活躍があまり期待出来ない人。


若い頃は表情の動かなさから、「氷の王太子」と呼ばれていた。


なのに家族に見せるのは優しい笑顔。


「愛してる」

愛の言葉をよく口にしてくれた。


きっと明日会えるから、期待感にてそのような幸せだった頃の夢を見たのだろう。







現実での彼は十年も前に死んでしまった。

奪われたのは突然のことだった。


彼が自分を庇ったのがわかった。


熱い飛沫を感じ、それが彼の血だと言うのがわかったのは少ししてからだ。


「ーーーー!!!!」

声にならない叫びが上がる。


エリックはレナンを庇うように抱きしめ、倒れ込んだ。

追撃から守るように分厚い氷の壁が幾重にも作られた。


「無事…か?」

耳元でしたエリックの声にレナンは答える。

「わたくしは、大丈夫です。エリック様、あなたのほうがひどい怪我で…」

手を動かせばぬるりとした感触がした。

それがエリックの体から流れ出る大量の血だとわかり、また悲鳴を上げてしまう。


「守れて、よかった…」

エリックは微笑んだ。

満足そうな穏やかな笑顔。


「エリック様!」

オスカーが、駆けつける。


ニコラは襲撃者たちの追撃に回っていた。


「死んで償え!」

ニコラの剣が、敵の兵士を切り刻んでいく。


しかしその刃は首謀者までは届かない。


「テメェ、クソ女!よくもエリック様を!」

強力な風魔法で髪が逆巻く。


首謀者はその勢いに押され、エリックを傷つけた凶器を取り落とした。


女性は氷魔法にて、ニコラを攻撃するが、更にニコラの怒りを買う。


「あの方と同じものを使うな!」

多少の傷はモノともせずニコラは立ち向かう。





「損傷が激しい…!」


キュアの回復魔法が追いつかず、血も流れすぎている。

エリックの呼吸が浅くなってきた。


「レナン…」

血に塗れたエリックの手がレナンに伸ばされる。

「エリック、しっかりして!」

涙で目が霞む。


嫌だ、死なないで!


「レナン…すまない…しあわ…せに」

なって、と口の形が作られた。


エメラルドのような目からは光が失くなった。


「いやあぁぁぁぁ!!!」


レナンの絶叫がこだました。





皆呆然としていた。


到着した治癒師が怪我をした兵士を治していくが、レナンもオスカーもキュアも茫然自失で動けない。


「…どうして、こんな…」

物言わぬエリックに縋りつく事しかレナンは出来なかった。






涙を拭って、少し早いがベッドより起きた。

頭の中で幸せだった夢と忌まわしい記憶が入り混じって、もう眠れなさそうだからだ。



今日ようやく描いていた希望が現実のものとなる。


エリックは子どもの姿になったと聞いたが、確かに通信石を通して聞いた声は甲高かった。


それでも生きていてくれたことに嬉しさがこみ上げる。


何故子どもの姿なのかとか、何で生き返ったのかとか疑問は尽きないが、今は彼に会えることだけを考えたい。




義両親である国王も王妃も優しい。

実両親も力を貸してくれて、王太子代理としてエリックの弟のリオンも尽力してくれている。


ティタンもミューズもレナンを支えてくれていた。


子ども達も自分達で考え、出来得る限りのサポートをしてくれていた。


オスカーもキュアもレナンを守り、時には体を張って凶刃を退いてくれた。


皆がレナンを想い、愛してくれているのは感じていた。



それでもエリックを失ったあの時から世界から色は消え、心には穴が開いていた。


何故自分は母であるリリュシーヌやミューズのような強い魔力を持っていないのか。

何故魔法がかけらも使えないのか。


二人のように強力な魔法が使えたら、エリックを死なせることなく回復出来たのではないかと考えてしまう。




会って謝りたい。

自分を守って命を落としたあの人に伝えたい事はいっぱいある。


ノックの音だ。


キュアが起こしに来たのだろう。


「どうぞ、入って」

今朝も空っぽの心で笑顔を作る。


エリックに会うまではきっとこの心は満たされない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る